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米国経済の見通し-対中関税引き下げから景気後退懸念は緩和も、政策の予見可能性の低さから経済見通しは不透明

2025年06月09日

(窪谷 浩) 米国経済

1.経済概況・見通し

(経済概況)1-3月期の成長率は22年1-3月期以来のマイナス
米国の25年1-3月期の実質GDP成長率(以下、成長率)は、改定値が前期比年率▲0.2%(前期:+2.4%)と22年1-3月期以来のマイナス成長となった(図表1、図表7)。

需要項目別では、設備投資が前期比年率+10.3%(前期:▲3.0%)と前期から2桁のプラスに転じたほか、在庫投資の成長率寄与度が+2.6%ポイント(前期:▲0.8%ポイント)と前期から成長押上げに転じた。

これに対して、住宅投資が前期比年率▲0.6%(前期:+5.5%)、政府支出が▲0.7%(前期:+3.1%)と前期からマイナスに転じたほか、個人消費が+1.2%(前期:+4.0%)と高い伸びとなった前期から大幅に鈍化した。さらに、外需の成長率寄与度が▲4.9%ポイント(前期:+0.3%ポイント)と大幅に成長率を押し下げた。外需の大幅なマイナス寄与と在庫投資のプラス寄与はトランプ関税前の駆け込み需要による輸入の増加とそれに伴う在庫の積み上げが主因である。

なお、GDPから外需、在庫投資、政府支出を除き民間需要の強さを示す民間国内最終需要は前期比年率+2.5%(前期:+2.9%)と前期からは小幅に伸びが鈍化したものの、堅調を維持しており、駆け込み需要による変動などを除けば米国経済は依然として堅調であることを示している。

一方、トランプ大統領は就任以来、カナダとメキシコを除くほとんどの国に対して10%のユニバーサル関税を賦課したほか、カナダ、メキシコに対してUSMCA適合品以外の輸入品に25%の関税、品目別にも安全保障を理由に鉄鋼・アルミ製品に50%、自動車に25%の関税を賦課している。この結果、米国の平均関税率は4月9日にトランプ大統領が対中関税率を145%に引上げる発表したことを受けて一時28%に急上昇したものの、5月中旬に対中関税率が30%に引下げられたことで15%後半に低下した(図表2)。なお、平均関税率は一頃よりは低下したものの、依然として1938年以来の高水準を維持している。

一連の関税政策を受けてS&P500株価指数は25年2月下旬につけた高値から4月上旬には▲18.9%の大幅な下落となった(図表3)。また、通常安全資産とみなされている米国債も10年金利が4月上旬の4%割れの水準から5月中旬には4%台半ばまで上昇するなど、資金流出がみられドル安と併せて米金融資産離れの様相となった。
さらに、関税政策を懸念して消費者や企業センチメントなどのソフトデータは大幅に悪化した。消費者センチメントは25年2月以降悪化に弾みがついており、25年4月のミシガン大学調査が52.2と22年7月以来の水準に低下したほか、コンファレンスボード調査が85.7とコロナ禍で大幅に悪化した20年4月以来の水準となった(図表4)。また、関税に伴うインフレ懸念を背景にミシガン大学調査による家計の今後1年間のインフレ予想は4月以降6%超と1981年以来の水準に急上昇した。

企業センチメントもISM製造業景況指数が25年3月以降3ヵ月連続で好不況の境となる50を下回っているほか、同非製造業指数も5月が49.9と24年6月以来の50割れとなった(図表5)。さらに、製造業の支払い価格指数は5月が69.4と22年6月以来、非製造業も4月は68.7と22年11月以来の水準に上昇するなど関税に伴うインフレ懸念も高まっている。
このため、トランプ政権による関税政策によって5月中旬の対中関税引き下げ前までは、米景気後退懸念が強まると同時に、インフレ上昇が意識されるスタグフレーションリスクが高まった。ただし、前述の対中関税の大幅な引き下げに伴い株式市場や債券市場が上昇に転じたほか、5月のカンファレンスボード調査が大幅な改善を示すなど米景気後退懸念は一旦緩和する状況となっている。
もっとも、一連の場当たり的な関税政策によって米国の経済政策および通商政策の予見可能性は大幅に低下した。実際に、経済政策の変動が経済の先行きに与える不確実性を示す米国の経済政策不確実性指数は25年5月が365(前月:460)、通商政策の不確実性指数が5,847(前月:7,983)といずれも1985年の統計開始以来最高となった前月からは幾分低下したものの、依然として史上2番目の高水準となっている(図表6)。

このような経済政策や通商政策の不透明感は個人消費では高額商品の購入や企業の設備投資の意思決定を先送りさせる可能性が高いとみられる。

一方、関税政策は依然不透明な状況が続いているものの、連邦議会ではトランプ減税の延長を含めた税制改革審議が行われており、米国経済をみる上で今後の財政政策の行方も注目される。
(経済見通し)成長率(前年比)は25年、26年ともに+1.4%を予想
トランプ大統領は就任以来、大統領令を活用して矢継早に政策を打ち出す中、関税政策の方針発表後に早期に軌道修正が行われるなど場当たり的な経済政策運営が続いている。米国経済はトランプ政権の経済政策によって左右されるが、トランプ政権の経済政策の予見可能性が低いため、米国経済の見通しは非常に不透明である。

当研究所は引き続き税制改革が成長押上げ要因となる一方、関税の引上げや移民の強制送還が成長押し下げ要因と考えている。今回の経済見通しを策定する際の経済政策の前提として、税制改革は現在上院で審議中の「一つの大きくて美しい予算案」(OBBBA)の成立を想定した。関税政策ではユニバーサル関税の10%、対中関税は30%、カナダ、メキシコ関税はUSMCA適合品が非課税、それ以外は25%、鉄鋼・アルミは50%、自動車は25%、半導体、医薬品は7月以降に25%の関税が賦課されることを想定した。移民政策については不法移民65万人の強制送還を25年初から開始すると想定した。一方、規制緩和については定性的には成長押上げ要因となることが見込まれるものの、定量評価が困難なため、経済見通しへの影響を中立とした。繰り返すが、トランプ政権の経済政策の予見可能性が低いため、これらの経済前提の確信度は低い。

これらの前提の下、当研究はトランプ政権の経済政策では主に関税政策の影響によって25年、26年ともに成長押し下げが優勢になると評価した。この結果、当研究所は実質GDP成長率(前年比)が25年、26年ともに+1.4%と24年の+2.8%から大幅に低下することを予想する(図表7)。また、現時点では景気後退の回避がメインシナリオである。
物価は、関税引上げに伴い一時的にインフレを押し上げることが見込まれる。消費者物価(CPI)は前年同月比で25年後半から26年1-3月期にかけて再加速を予想する。通年では25年が前年比+3.4%と24年の+3.0%から上昇、26年は+2.9%と関税のインフレ押上げ効果の剥落によって幾分低下しよう。

金融政策は、インフレが物価目標を上回る中、政策金利は幾分引締め気味となっており、FRBは経済政策による経済やインフレの動向を慎重に見極める姿勢を示している。このため、関税政策をはじめとする経済政策による経済への影響を慎重に見極めた上で、25年は12月に利下げを再開すると予想する。26年はインフレ低下が続く中9月にかけて四半期に1回のペースで利下げを継続しよう。

長期金利はトランプ政権の関税政策などに伴う景気減速懸念から長期金利に低下圧力がかかるものの、インフレ高進や財政赤字拡大に伴うタームプレミアムの上昇による上昇圧力もあって25年10-12月平均で4.6%に上昇した後、26年はインフレ低下もあって26年10-12月期平均で4.2%へ低下しよう。

上記見通しに対するリスクは、関税政策をはじめトランプ政権の予見不可能な経済政策が挙げられる。先日発表された地区連銀報告(ベージュブック)では全地区で経済や政策の不透明感が高まり、企業や家計の意思決定に躊躇な慎重な姿勢がみられると報告された1。今後も様々な政策が矢継早に打ち出され、その直後に軌道修正されることが繰り返される場合には、金融市場が不安定化するほか、家計や企業のセンチメントを悪化させ、個人消費や設備投資が一層抑制される可能性が高まろう。また、関税に伴うインフレの押上げは一時的とみられるが、関税政策の不透明感が続く場合には期待インフレ率の上昇が続く可能性があり、インフレ高進が長期化しよう。

経済研究部   主任研究員

窪谷 浩(くぼたに ひろし)

研究領域:経済

研究・専門分野
米国経済

経歴

【職歴】
 1991年 日本生命保険相互会社入社
 1999年 NLI International Inc.(米国)
 2004年 ニッセイアセットマネジメント株式会社
 2008年 公益財団法人 国際金融情報センター
 2014年10月より現職

【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会 検定会員

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