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インド経済の見通し~金融・財政政策の下支えにより+6%台半ばの堅調な成長が続く

2025年06月09日

(斉藤 誠) アジア経済

GDP統計の結果:成長率が+7%台に加速

2025年1-3月期の実質GDP成長率は前年同期比+7.4%となり前期の同+6.4%から上昇、Bloombergが集計した市場予想(同+6.8%)を上回った1(図表1)。

なお、2024年度の実質GDP成長率は前年度比+6.5%となり、2023年度の同+9.2%から大きく鈍化した。
 
1-3月期の実質GDPを需要項目別にみると、内需は民間消費が前年同期比+6.0%(前期:同+8.1%)と鈍化、政府消費が同▲1.8%(前期:同+9.3%)と減少した。一方、総固定資本形成は同+9.4%(前期:同+5.2%)と加速した。

外需は、輸出が同+3.9%(前期:同+10.8%)と鈍化、輸入が同▲12.7%(前期:同▲2.1%)と大きく減少した。
2025年1-3月期の実質GVA成長率は前年同期比+6.8%(前期:同+6.5%)と上昇した(図表2)。

産業部門別に見ると、まず第三次産業が同+7.3%(前期:同+7.4%)と堅調な伸びが続いた。貿易・ホテル・交通・通信(同+6.0%)と行政・国防(同+8.7%)が鈍化した一方、金融・不動産(同+7.8%)が加速した。

第二次産業は同+6.5%(前期:同+4.8%)と上昇した。シェアの大きい製造業が同+4.8%(前期:同+3.6%)、建設業が同+10.8%(前期:同+7.9%)、電気・ガスが同+5.4%(前期:同+5.1%)、鉱業が同+2.5%(前期:同+1.3%)となり、それぞれ改善した。

第一次産業は同+5.4%(前期:同+6.6%)と順調な伸びが続いた。
 
1 5月30日、インド統計・計画実施省(MOSPI)が2025年1-3月期の国内総生産(GDP)統計を公表した。

経済概況

経済概況:投資が加速して1年ぶりに+7%台の高成長に

インド経済は2023年度が内需主導で前年度比+9.2%の高速成長を記録したが、2024年度が同+6.5%と大きく減速、コロナ禍以来の4年ぶりの低成長だった。しかし、四半期ベースの成長率をみると、2025年1-3月期は前年同期比+7.4%となり、2024年10-12月期の同+6.4%から上昇、約1年ぶりの+7%台の高成長であり、経済の堅調さが改めて示された。

なお、需要側の指標である実質GDP成長率と、供給側の指標である実質GVA成長率(同+6.8%)との間で乖離が生じていることは注意する必要があるだろう。GDPとGVAの違いは主に純間接税(間接税-補助金)であり、政府の補助金の減少と間接税収入の増加が影響している可能性がある。しかしながら、これは一過性の乖離であり、今後正常化する可能性が高い。

1-3月期の成長率上昇は、投資の加速と輸入の大幅な減少による影響が大きい。まず投資は同+9.4%(前期:同+5.2%)と加速した。米国の関税政策の不確実性と世界経済の減速懸念が強まるなか、投資の好調はポジティブ・サプライズだった。民間部門の設備投資は若干低迷しているものの、政府の資本支出(同+33.4%)が大幅な増加するなど公共投資の拡大が牽引役となったとみられる(図表3)。

純輸出は財・サービス輸出が同+3.9%(前期:同+10.8%)と鈍化した。通関ベースの貿易統計をみると、1-3月期は財輸出(同▲0.2%)が停滞した。またITサービス業の好調でサービス輸出は1-2月が同+11.8%と二桁成長が続いており、財・サービス輸出全体を押し上げたことが窺える。一方、財・サービス輸入(同▲12.7%)は輸出や消費の鈍化を反映して減少幅が拡大、輸出の伸びを下回った結果、純輸出の成長率寄与度は+3.7%ポイント(前期:+2.8%ポイント)と更に拡大した。
一方、GDPの約7割を占める民間消費(同+6.0%)は、10-12月期の成長率(同+8.1%)が宗教行事2の早まった影響で高めに出たために鈍化した格好であるが、安定した雇用環境や農業部門の改善、マハ・クンブメーラ開催による消費支出の拡大などを考慮すると、力強さに欠ける印象がある。24年度は利上げ政策で高金利が続いた影響で消費意欲が減退し、自動車販売台数が伸び悩んだことが一因とみられる(図表4)。

政府消費は前年同期比▲1.8%となり、前期の同+9.3%から減少した。1-3月期の中央政府の経常支出が同▲5.1%となり、前年同期が低水準だった10-12月期の二桁増(同+13.1%)から縮小した。
 
2 ピトリ・パクシャ(贅沢を控えて先祖を供養する)期間は2024年が9月18日~10月2日(2023年が9月29日~10月14日)と大半が9月だった。

物価の動向

物価の動向:食品インフレが緩和して落ち着いた伸びに

インフレ率(消費者物価上昇率)は昨年、食品価格の高騰により概ね前年同月比+5%前後の水準で推移した(図表5)。しかし、食品価格は今年に入って落ち着き始め、4月のCPI上昇率は同+3.2%と、2019年7月以来の低水準となった。

CPIの内訳をみると、主に野菜や食用油などの食品価格(同+1.8%)が低下した。カリフ期(雨季)とラビ期(乾季)の両方で豊作だったため、主要な作物の供給が安定して食品価格が低下している。一方、コアCPI(同+4.2%)は金価格の高騰、燃料・電力(同▲1.4%)は天然ガス価格の値上がりにより、それぞれ上昇傾向にある。

先行きのインフレ率は農業生産の改善により+3%台の落ち着いた伸びが続くだろうが、年度末にかけて4%台に上昇すると予想する。ラビ期における主要作物の供給の改善に加え、今年の南西モンスーン期(6~9月)の降雨量は長期平均(LPA)の106%を超えると予想されており、雨季作物も良好な収穫量が予想され、食品価格は落ち着いた推移が続きそうだ。もっとも農業生産の増加によって農村部の需要が増加することやインド準備銀行(RBI)の金融緩和の影響が波及することにより、インフレ率は年度末にかけて再び上昇するだろう。また異常気象や米国の関税政策によって世界の商品価格に及ぶ影響は引き続きインフレリスクとなりえる。

結果として、インフレ率は食品価格の高騰が和らいで25年度が+3.8%となり、24年度の+4.6%から低下し、RBIの物価目標の中央値である+4%を小幅に下回ると予想する。

金融政策の動向

金融政策の動向:利下げ打ち止め、年内は様子見すると予想

RBIは2022年にコロナ禍からの経済回復とインフレの加速、米利上げに伴う自国通貨安を受けて金融引き締めを開始すると、2023年2月にかけて政策金利(レポレート)を4.0%から6.5%まで引き上げた(図表6)。

その後、RBIは24年12月の金融政策委員会(MPC)において国内の景気減速や世界的な不確実性の高まりへの対応として預金準備率を0.5%引き下げ、今年2月に約5年ぶりに金融緩和策に舵を切ると、6月まで3会合連続の利下げを決定し、政策金利を計1.0%引き下げた。また6月の会合では預金準備率を年内に段階的に1%引き下げる一方、金融政策のスタンスを「緩和的」から「中立」に変更した。

先行きは、RBIは政策金利を現行の5.5%で据え置き、様子見を続けると予想する。インフレ率は当面落ち着いた伸びが続くとみられる一方、南西モンスーンの天候や関税関連の不確実性が警戒されるほか、6月に前倒しの大幅利下げを実施したためだ。世界経済情勢の急速な変化などにより、国内経済が悪化した場合には25年度後半に再び利下げを実施する展開も予想される。25年度末にかけてインフレ率が4%台へと上昇すると予想されるため、追加利下げの判断は慎重に行うと見られる。

経済見通し

経済見通し: 金融・財政政策の下支えにより堅調な成長が持続

先行きのインド経済は緩和的なインフレ環境や金融・財政政策の下支えにより+6%台半ばの成長を維持すると予想する。

民間消費は、中間層の個人所得減税3や金融緩和策、穏やかなインフレ動向が消費の追い風となり堅調に拡大するだろう。また今年は南西モンスーンの降雨量が平年を上回ると予測され、カリフ作物の収穫が増加する可能性が高い。従って、食品価格の緩和や農家の収入増加を通じて農村部の需要が高まるだろう。都市部については、雇用環境は安定しているが(図表7)、賃金の伸びが若干鈍化しそうだ。

投資は世界的な不確実性が続く中でも改善するだろう。まず公共投資は持続的な拡大が見込まれる。2025年度国家予算では、インフラ投資が中心の資本支出が前年度比+10.2%の11.2兆ルピーとなった。コロナ禍からの4年間は年率+30%近く増加していたことを踏まえると増勢は鈍化している印象が強いが、2024年度は資本支出が同+11.0%の伸びを当初計画していながら、実際には同+7.3%の伸びに失速したため、2025年度は計画通りに予算執行できれば公共投資の勢いが回復するとみられる。また民間投資は設備稼働率の上昇(図表8)や緩和的な金融政策を受けて、消費関連業種を中心に改善するとみられるが、力強さを欠いたものとなりそうだ。

外需は、ITサービス輸出が高成長を続ける一方、モノの輸出が世界経済の減速により鈍化しよう。一方、輸入は内需の堅調な拡大により輸出の伸びを上回るようになるとみられ、外需の成長率寄与度は再びマイナス寄与となりそうだ。
以上の結果、2025年度の実質GDP成長率は輸出の減速により前年度比+6.4%(2024年度が同+6.5%)と小幅に低下すると予想する(図表9)。25年度前半は米国の関税政策を控えた前倒し輸出などから堅調な伸びを維持するが、年度後半は米国の関税措置の影響が顕在化して世界貿易が混乱して景気が減速するだろう。
 
米国の関税政策による世界貿易の混乱が成長の足かせとなる可能性があるが、インド経済は世界主要国のなかでも比較的健全な状況を保つだろう。インドは経済に占める貿易依存度が低いことや、7月9日までの締結に向けて交渉中の米印貿易協定では貿易の活性化が期待されるためだ。米国政府は貿易赤字縮小のために農産物の関税引下げや、米国企業の市場アクセス拡大、防衛装備品の輸入拡大を要求している。インドの貿易政策はこれまで国内産業の育成や雇用創出を優先して保護主義的な姿勢がみられたが、今年5月には英国との間でFTA交渉を完了させており、EUやオーストラリアとの間でも貿易交渉を進めている。諸外国との貿易協定を次々と締結すると、インドの衣料や履物、玩具などの労働集約型産業の輸出が拡大するとの期待が強い。またサービス分野でもIT関連輸出の拡大が見込まれる。インドはグローバルサプライチェーンの再編において有利な立場にあり、貿易協定は内容次第で今後の成長を大きく後押しする要因となりそうだ。
 
3 2025年度(2025年4月~2026年3月)の国家予算案では、個人所得税減税について言及され、課税区分の見直しにより非課税対象の枠をこれまでの年収70万ルピー(約120万円)から120万ルピー(約206万円)に引き上げられることとなった。

経済研究部   准主任研究員

斉藤 誠(さいとう まこと)

研究領域:経済

研究・専門分野
東南アジア経済、インド経済

経歴

【職歴】
 2008年 日本生命保険相互会社入社
 2012年 ニッセイ基礎研究所へ
 2014年 アジア新興国の経済調査を担当
 2018年8月より現職

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