NEW

特定大規模乗合保険募集人制度導入等に係る保険業法改正

2025年05月23日

(松澤 登) 保険会社経営

3――特定大規模乗合保険募集人の業務運営に関する措置(改正法294条の4)

本節によって規制されるのは下記図表3の網掛け部分である。
1|特定大規模乗合損害保険代理店とは
今回新規に追加される改正法294条の4第1項注書きでは、「特定大規模乗合損害保険代理店」の定義を定めている。特定大規模乗合損害保険代理店とは「損害保険代理店のうち、二以上の所属保険会社等を有する法人であって各事業年度における所属保険会社等から業務に関して受領した手数料、報酬その他の対価の額が内閣府令に定める額以上であることその他内閣府令で定める要件に該当するもの」とされている。

この点、報告書では「保険代理店の規模が大きいほど、保険会社の営業上の配慮が働きやすくなり、営業上の配慮が大きいほど、保険代理店に対する適切な管理・指導等の機能が弱まりやすくなる構造が認められた」とし、「乗合代理店のうち、事業報告書の提出等が義務付けられている規模が大きい特定保険募集人(2022年度において450社程度存在。図表3で吹き出しにより部分)の中で、一定規模以上の特定保険募集人(以下「特定大規模乗合保険募集人」という。)に対して、体制整備義務を強化」するとされていた。このように現行法で定める「規模が大きい特定保険募集人」よりもさらに大規模な保険募集人に規制対象を絞ったのは当局のリソースの集中のため等と説明されている8

補足すると、現行法上「規模が大きい特定保険募集人」とあるのは、募集委託を受けた保険会社が15社以上か、または年間手数料収入額が複数の保険会社から10億円以上などの条件を満たす特定保険募集人9を指す(規則236条の2)。そして規模が大きい特定保険募集人のうちでも、特に規模の大きな特定大規模乗合損害保険代理店には次項以降に説明する体制整備義務が課せられる。

なお、次項で述べる体制整備義務について、改正法では特定大規模乗合損害保険代理店のみに適用されると規定されているが、金融庁の資料によれば「生命保険代理店に対しても同じ措置を規定する予定」とされている10。生命保険代理店という用語は保険業法にないので、どのような規定の仕方になるかは不透明であるが、いずれにしても特定大規模乗合損害保険代理店の規制は、大規模な乗合生命保険募集人にも適用される予定である。そのため、以下では、「特定大規模乗合損害保険代理店」と、今後政省令で規定される予定の大規模な乗合生命保険代理人とを併せて「特定大規模乗合保険募集人」と表記する。
 
8 報告書p5、注6
9 特定保険募集人については上述Ⅱの1.を参照。
10 金融庁HP https://www.fsa.go.jp/common/diet/217/01/setsumei.pdf 参照。
2|特定大規模乗合保険募集人の体制整備義務
まず兼業特定保険募集人であるかどうかにかかわらず、特定大規模乗合保険募集人に課せられる体制整備義務がある(改正法294条の4第1項1号~3号)報告書も参照しつつ述べると、以下の通りである。
 

① 営業所ごとの法令等遵守責任者を設置 営業所ごとに保険募集の業務を行う役職員に対し、法令等を遵守して保険募集を実施するために必要な助言又は指導を行う者を設置すること(1号)

② 本店又は主たる事務所に統括責任者を設置 本店又は主たる事務所に法令等遵守責任者を指揮するとともに、特定大規模乗合損害保険代理店の役職員に対し、法令等を遵守して保険募集を実施するために必要な助言又は指導を行う者を設置すること(2号)

1号、2号に関連し、報告書(p7)では法令等遵守責任者と統括責任者には一定の資格要件を求めることとし、そのための試験制度を新設することとされている。また、苦情処理体制は以下の通りである。
 

③ 苦情処理に関する体制整備保険募集の業務に係る苦情を受け付けるための体制の整備、当該苦情の処理に関する記録を作成しこれを保存することその他の保険募集の業務に係る苦情の適切かつ迅速な処理を確保するために必要な措置として内閣府令で定める措置

3|兼業特定保険募集人である特定大規模乗合保険募集人の体制整備義務
本規制が関係するのは、図表4の網掛け部分のみである。
兼業特定保険募集人については、上記IIの2.で述べた通りであるが、兼業特定保険募集人である特定大規模乗合保険募集人には、上述の体制義務に加え、以下の体制整備義務が課せられる(改正法294条の4第1項4号イ、ロ)。
 

イ)保険募集以外の業務(保険金の支払請求に関するものに限る)11が保険金等の支払に不当な影響を及ぼさないように適切に監視12することその他、特定大規模乗合保険募集人又は所属保険会社等が行う保険関連業務に係る顧客の利益が不当に害されることを防止するために必要な措置として内閣府令で定める措置

ロ) 保険募集以外の業務に係る苦情を受け付けるための体制の整備、当該苦情の処理に関する記録を作成しこれを保存することその他の保険募集以外の業務に係る苦情の適切かつ迅速な処理を確保するために必要な措置として内閣府令で定める措置

上記イ)に関して報告書(p6)では以下の記載がある。
 

(i)不当なインセンティブにより顧客の利益又は信頼を害するおそれのある取引を特定した上で、
(ii)それを適切に管理する方針の策定・公表
(iii)不当なインセンティブにより顧客の利益又は信頼を害することを防止するためのその他の体制整備(修理費等の請求に係る適切な管理体制の整備等)を求めることが必要

したがって、今後策定される政省令には、兼業特定保険募集人である特定大規模乗合保険募集人が行うべき取引の特定、指針の策定・公表、修理費等の請求に係る適切な管理体制の整備等が書き込まれることになろう。
 
11 この背景として、ビッグモーター(BM)事件において、簡易査定という保険募集人を信用した取り扱いを損害保険会社が認めていたところ、BMが自動車修理業での収益獲得のために簡易査定を濫用して、不必要に多くの修理代金を保険金として請求していたことがある。
12 なお、保険募集業務自体が保険金等の支払いに不当な影響をおよぼすことを抑止する保険業法上の規制はない。ただし、若干規制趣旨が異なると思われるものの、銀行の保険窓販に関して、保険会社に過剰なリスクを負わせるような圧力行為(引受審査基準の緩和等)について、公正取引委員会のガイドラインが出ている。公正取引委員会 https://www.jftc.go.jp/dk/guideline/unyoukijun/kinyukikan.html 参照。
4|特定大規模乗合保険募集人のその他の体制整備義務
特定大規模乗合保険募集人の体制整備義務を定める改正法294条の4第1項5号には「その他内閣府令で定める措置」との規定がある。この点、報告書を参照すると、以下のような措置が求められると想定される。なお、適用範囲は図表3で示した通りである。
 

① 顧客本位の業務運営に基づく保険募集を確保する観点からの保険募集指針の作成・公表・実施
② 内部通報に関する体制の整備
③ 独立した内部監査部門を設置する等、内部監査体制を強化すること
④ 保険会社が保険代理店に係る不祥事件届出書を当局に提出した場合、同保険代理店自身が、同不祥事件届出書に係る情報を他の所属保険会社等に通知すること

4――保険会社による保険契約者等への過度な便宜供与の禁止

4――保険会社による保険契約者等への過度な便宜供与の禁止(改正法300条1項5号・8号)

1|特別の利益提供の禁止(その1―保険会社等によるもの)
報告書(p15)では「保険業界の慣行の中では、保険契約者の『グループ企業』のサービスの利用や物品の購入、役務の提供(出向等を含む)等の『便宜供与』も存在しており、この実績が保険契約の締結に重要な影響を及ぼしているおそれが明らかになった」とし、「このような便宜供与は、取引の公平性をゆがめてしまうだけでなく、保険商品・サービスの内容で競争することが求められる保険会社の活力を失わせてしまうおそれもある」としている。

これを受け、保険会社等の特別の利益の提供を禁止する現行法300条1項5号が「保険契約者又は被保険者に対して、保険料の割引、割戻しその他特別の利益の提供を約し、または提供する行為」とあるところ、下線を付した部分を以下の通り改定した。

まず改正法300条1項5号では「又は被保険者」とあるところを「若しくは被保険者またはこれらの者と内閣府令で定める密接な関係を有する者」とし、「、割戻し」とあるのを「又は割戻し、物品の購入、役務の提供その他の取引であって取引上の社会通念に照らし相当であると認められないもの」に改定することとした。

前者は、禁止される特別の利益の提供先を広げるもので、たとえば保険会社による保険契約者のグループ企業である企業代理店への利益提供なども、社会通念に照らし相当性を欠く場合、禁止されることとなる。後者は利益とされるものを広げるもので、たとえば保険会社から保険契約者(法人)のグループ会社への出向なども社会通念に照らし相当性を欠くようなものは含みうる。またグループ企業からの過度な物品・サービスの購入なども禁止されることとなる。

なお、私見では、社会的に相当性を欠くとは、独立した企業間において対象となる保険契約がなければ生じなかっただろう取引等が行われたときを指すものと考える13
 
13 いわゆるアームズ・レングス・ルール(現行法100条の3)と同様と考える。
2|特別の利益提供の禁止(その2-保険会社の特定関係者によるもの)
保険会社等の特定関係者が保険契約者等に特別の利益の提供を約し、あるいは提供していることを知りながら、保険会社等が保険契約の申込をさせる行為も禁止されている(現行法300条1項8号)。ここで特定関係者とは、当該保険会社の子会社、主要株主、保険持株会社、保険持株会社傘下の兄弟会社等が含まれる(現行令14条)。

現行法300条1項8号に、利益の提供先として現行法で「当該保険契約者若しくは被保険者に」とあったものを改正法300条1項8号では「当該保険契約者若しくは被保険者又はこれらの者と内閣府令で定める密接な関係を有する者に」に改定し、提供先を拡張している。この「密接な関係を有する者」は内閣府令で定められるが、いわゆるグループ会社が含まれることとなろう。

そうすると具体的には、保険会社が、自社のグループ会社が保険契約者のグループ会社から、社会通念上相当性を欠く金額の商品・サービスを購入していることを知りながら、保険契約者に保険申込みをさせる行為が禁止されることとなる。
3|特別の利益提供の禁止(その3-潜脱行為等)
保険会社等は、その特定関係者が保険者として引受ける保険契約の締結又は保険募集に際して、特別の利益の提供を約束、又は提供する行為が禁止されており(現行法301条1項1号)、その潜脱行為も禁止されている(同2号)。これは二社以上の保険会社が親子法人等である場合に、一方の保険会社が他方の保険会社の保険募集に際して特別の利益の提供をすることを禁止する条文である。

また、保険持株会社等およびその子会社(保険会社等を除く)は、保険持株会社の子会社である保険会社等の保険契約の締結又は保険募集に際して、特別の利益の提供を約束、又は提供する行為が禁止されており(現行法301条の2第1項1号)、その潜脱行為も禁止されている(同2号)。

これらの条文においても上述のところと同様に特別利益の提供先に密接な関係を有する者が含まれるように改定される(改正法の条文番号は現行法と同じ)。

保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登(まつざわ のぼる)

研究領域:保険

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴

【職歴】
 1985年 日本生命保険相互会社入社
 2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
 2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
 2018年4月 取締役保険研究部研究理事
 2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
 2025年4月より現職

【加入団体等】
 東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
 東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
 大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
 金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
 日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

【著書】
 『はじめて学ぶ少額短期保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2024年02月

 『Q&Aで読み解く保険業法』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2022年07月

 『はじめて学ぶ生命保険』
  出版社:保険毎日新聞社
  発行年月:2021年05月

レポートについてお問い合わせ
(取材・講演依頼)

関連カテゴリ・レポート