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J-REIT市場の動向と収益見通し。今後5年間で▲7%減益を見込む-シナリオ別のレンジは「▲20%~+10%」となる見通し

基礎研REPORT(冊子版)5月号[vol.338]

2025年05月09日

(岩佐 浩人) 不動産市場・不動産市況

1―J-REIT市場は底打ちの機運

J-REIT(不動産投資信託)市場は昨年まで3年連続で下落していたが、今年に入り、底打ちの機運がみられる[図表1]。J-REITを投資対象とする公募投信からの資金流出が一巡し、需給悪化への懸念が後退。加えて、割安なバリュエーションに着目した外資系アクティビストによる公開買い付け表明が好感され、東証REIT指数は一時1700ポイント台を回復した。もっとも、日本銀行の利上げに伴う市場金利の上昇や、トランプ政権の通商政策への警戒感もあって、J-REIT市場は一進一退の動きとなっている(3月末時点)。
このように、市場価格の低迷が長期化する一方で、J-REIT市場のファンダメンタルズは着実に改善している。市場全体の1口当たりNAV(Net Asset Value)は、保有不動産の価格上昇を受けて前年比+2%増加し、予想1口当たり分配金(DPU)についても好調な賃貸市況や不動産売却益の計上による投資主還元の強化が寄与し、前年比+8%増加している[図表2]。

それでは、今後の業績見通しはどうか。以下では、ニッセイ基礎研究所のオフィス賃料予測並びに金利見通しなどを利用し、今後5年間のDPU成長率を確認したい。

2―今後のDPU成長率を試算する

J-REITは主に、(1)保有不動産の収益力を高める『内部成長』、(2)不動産を取得する『外部成長』、(3)金融コストを低減する『財務戦略』を通じて、DPUの成長を図る。
1|保有ビルの収益は増加に転じる
三鬼商事によると、東京都心5区のオフィス空室率(25年3月)は3.86%(前年比▲1.61%)となり低下基調が続く。また、平均募集賃料は2024年1月をボトムに14カ月連続で上昇している。こうしたオフィス市況の改善を受けて、J-REIT保有ビルの収益も増加に転じている。継続比較可能な保有ビルの賃貸事業収益(NOI)の推移を確認すると、2024年上期は前年同期比+2.6%、下期は同+1.1%の増加となった[図表3]。

また、保有ビルの賃料ギャップ(市場賃料と継続賃料のかい離率)は全体で+2%と推計され、現状、市場賃料が継続賃料を上回る状態にある。
ニッセイ基礎研究所の国内7都市のオフィス賃料予測によると、今後5年間の賃料変動率は、標準シナリオで東京が+10%、大阪が▲5%、名古屋が▲3%、横浜が▲10%、札幌が▲13%、仙台が▲1%、福岡が▲9%となっている[図表4]。このうち、東京については、「高水準の新規供給が続くものの、オフィス環境整備に向けた需要は堅調で、成約賃料は上昇基調で推移する見通し」である。この予測を利用して、一定の前提条件のもと、今後5年間のNOI成長率を計算した。結果は、標準シナリオで+6%、楽観シナリオで+13%、悲観シナリオで▲4%となった。
2|賃貸マンションは賃料上昇率が拡大
J-REIT(主要5社)の開示資料によると、テナント入替時の賃料変動率は+7%(2024年下期)となり、上昇率がさらに拡大している。この要因の1つに、東京23区への人口回帰が挙げられる。住民基本台帳人口移動報告によると、2021年はコロナ禍の影響で転出超過となったが、その後は流入超過に転じ、2024年は約+5.9万人となった。こうした良好な市場環境を踏まえて、賃貸マンションのテナント入替時の賃料上昇率は+5%を想定する。
3|ホテル収益はコロナ前の水準を超過
J-REIT各社の開示資料をもとにコロナ禍がホテル収益に与えた影響を推計すると、2023年まではマイナスの影響が残っていたが、2024年下期には+40億円とコロナ禍前の水準を超過した。宿泊旅行統計調査によると、2024年の延べ宿泊者数は2019年比で+9%増加し、ホテル市場は新たな成長ステージを迎えている。こうした市場環境やホテル系REIT(主要3社)の業績見通しを参考に、ホテルのNOIは2025年下期に+38億円増加(市場全体の経常利益を1%押し上げ)し、その後は横ばいでの推移を想定する。
4|物流施設の賃料は堅調を維持
J-REIT(主要12社)の開示資料によると、テナント更新時の賃料上昇率は+6.0%(2024年下期)となり、増額更改が継続している。EC市場の拡大や企業の物流戦略見直しに伴う賃貸ニーズは強く、物流施設のテナント更新時の賃料上昇率は+5%を想定する。
5|財務はDPUにマイナス寄与
J-REITの新規調達コストは日本銀行の追加利上げに伴い、大幅に上昇している。2024年に発行した投資法人債の平均利率は1.34%(発行期間7.4年)となり、既存の負債利子率(0.77%)を大きく上回った[図表5]。

ニッセイ基礎研究所の中期経済見通しによると、「実質金利が極めて低い水準にあることを踏まえ、日本銀行は2027年度に政策金利を1.25%まで引き上げて、10年国債利回りは1%台後半に上昇する(当初5年間、メインシナリオ)」としている。この金利見通しを利用して、『財務戦略』のDPUへの寄与度を計算した。結果は、メインシナリオで▲11%となり、借入金利の上昇がDPUにマイナス寄与する見通しである。
6|外部成長はDPUにマイナス寄与
昨年のJ-REITによる物件取得額は2年連続で1兆円を上回った[図表6]。一方、不動産価格が高値圏で推移するなか、平均取得利回りは4.2%と既存ポートフォリオ(4.7%)を下回る水準での取得が続く。そこで、エクイティ調達を伴う『外部成長』について、以下のシナリオを想定しDPUへの寄与度(今後5年間)を計算した(年間5千億円、取得利回り4.2%、借入比率50%、増資PBR1.2倍)。結果は、「外部成長」のDPUへの寄与度は▲3%となった。不動産利回りが低下し資金調達コストが上昇する環境下において、『外部成長』によるDPUの増加は期待し難く、慎重な対応が求められる。
7|今後5年間のDPU成長率は▲7%(▲20%~+10%)の見通し
最後に、上記で設定したシナリオをもとに今後5年間のDPU成長率を計算した[図表7]。結果は、オフィス賃料(標準シナリオ)と金利(メインシナリオ)」を組み合わせた場合、DPU成長率は▲7%となった。内訳は「内部成長」が+7%、「外部成長」が▲3%、「財務戦略」が▲11%で、2025年は横ばいを維持するものの、2026年から減益に転じる見通しである。また、楽観シナリオとして「オフィス賃料上振れと金利低下」を組み合わせた場合、DPU成長率は+10%、悲観シナリオとして「オフィス賃料下振れと金利上昇」を組み合わせた場合、DPU成長率は▲20%となった。
今後の「金利のある世界(借入金利の上昇)」と「インフレのある世界(不動産賃料の上昇)」において、不動産売却益に頼ることなくDPU成長率を高めるには、金利上昇に打ち克つ『内部成長』の実現が鍵を握る。世界経済や金融市場の先行きに不透明感が高まるなか、引き続き、不動産ファンダメンタルズや金利動向を注視する必要がありそうだ。

金融研究部   不動産調査室長

岩佐 浩人(いわさ ひろと)

研究領域:不動産

研究・専門分野
不動産市場・投資分析

経歴

【職歴】
 1993年 日本生命保険相互会社入社
 2005年 ニッセイ基礎研究所
 2019年4月より現職

【加入団体等】
 ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター
 ・日本証券アナリスト協会検定会員

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