今般の物価高を背景に、食品流通や取引の改善に向けた改正法案について閣議決定された(2025年3月7日)。食品や農産品の流通や加工を担う事業者を対象に、肥料や燃料といったコスト増加分を考慮して取引する努力義務が課されるもので、サプライチェーン(供給網)全体での取引価格の適正化を促すことが目的とされている。
また、食料供給困難事態対策法が2025年4月1日より施行された。天候不順などの地球環境問題や地政学的リスクなどから、食料供給が不安定化する中で、食料供給が不足する兆候が現れた段階から政府が一体となって供給確保の対策を進めるための法律である。実際に、イギリスでは2023年に大規模な食料不足を経験している。野菜等の輸入先の天候不順(スペイン、モロッコなど)、オランダでの光熱費上昇による温室栽培野菜の作量減少などから、2023年初にはスーパーなどの小売店の野菜、果物売り場の棚が空となり、野菜の購入において配給制が実施された。
BBC(2023)によれば、大手スーパーでは2023年2月下旬からレタス、ブロッコリー、トマト、ピーマン、キュウリに関して購入制限を課したと指摘している。実際にこれらの野菜価格の2022年12月から2023年4月の価格上昇率は、レタス(12.9%)、ブロッコリー(7.7%)、トマト(9.2%)、ピーマン(19.5%)、キュウリ(9.2%)と、価格が高騰している。その後もウクライナ戦争の継続などによる食料品を巡る生産コストの上昇が続き、食料品価格は高止まりの状況にある。このようなイギリスが直面した食料品価格の高騰は、EU離脱による労働力不足、運送コストの上昇、天候不順による作物供給量の減少などが原因とされている。
このように、食料品の供給を巡る環境は大きく変化してきている。他方で、価格動向を測る尺度として最も利用されている消費者物価指数(以下、CPI)だけでは、今般の物価高の影響を確認することは不十分である。
CPIは、ある(基準)時点での家計が購入する種々の財貨サービスの価格を平均的な消費者の購入金額をもとに加重平均した価格を100として、その価格推移を確認している。このため、物価高の影響を見る際には、CPIから算出した変化率をもとに、消費財価格の上昇率や、物価上昇率をもとに実質賃金を求め、購買力の変化で生活への影響が議論される。しかし、CPIで基準時点の100という水準は、家計にとって、そもそもの価格水準が高いのか、安いのかを評価できない。先行研究の多くは、物価や消費支出の変化率をもとにした議論であり、具体的な影響度は明確ではない。このような現状把握では。物価高の影響を埋める施策を検討することが概略的な議論にとどまるのではないかと考える。
物価高を実感できるのは「キャベツが1玉600円」「白菜は1玉800円」といった消費財の価格水準そのものである。ただし、消費財の価格だけでの評価は、感覚的なものにとどまる。家計にとっての600円のキャベツの評価基準を検討する必要がある。また、食料品価格の高騰により影響が大きくなるのは先行研究で指摘されている通り、所得の低い階層である(野口、2025等)。
本論では、所得比でみた価格データを作成した上で、Eurostat-OECDで実施されている物価水準指数等を基に、所得階層間での物価高の影響を確認する。
本論の構成は以下の通りである。第2章では物価の計測について現行のCPIとは異なるアプローチついて整理した上で、3章で小売物価統計調査における食料品に関する個々の価格データから、所得比でみた価格データを作成し、今次の物価高の影響を確認する。その上で、4章では現在の食料品価格の高騰に対応できる所得水準について検討する。最後に5章では、日本における食料品価格の高騰に対する対応策をイギリスの事例から言及する。
2――他の方法による物価の計測