コラム

日米交渉、為替条項はどうなる?-トランプ1.0の宿題

2025年04月10日

(鈴木 智也) 成長戦略・地方創生

1――日米協議の主要議題に 「為替問題」が浮上

2025年4月7日、トランプ大統領はベッセント財務長官を日米協議の主導役に指定した。ベッセント財務長官は8日、自身のSNSに「日本は引き続き米国の最も緊密な同盟国の1つであり、関税、非関税貿易障壁、通貨問題、政府補助金に関する今後の生産的な取組みを楽しみにしている」と投稿している[図表1]。日本との貿易交渉では、通貨問題も協議されることが決まった。
為替問題は、2020年1月に発行した日米貿易協定の残された宿題でもある。同協定は、トランプ政権が中間選挙を控えて成果を急いだ結果、双方が望む成果を分かち合う形で着地している。すなわち、米国はTPP離脱で不利益を被る農産品の関税率の引き下げと言う成果を手に入れ、日本は自動車・同部品に対する追加関税の発動を回避し、先送りするという成果を手に入れた。ただ、同協定は第1段階の合意との位置づけであり、為替問題を含む厳しい交渉は、第2段階の交渉で行われることが決まっていた。しかし、新型コロナウイルス感染症が蔓延したことで状況は一変し、米中貿易摩擦も激しさを増す中で、日本との交渉の優先度は下がり、長らく棚上げされてきた。今回の日米協議では、その為替問題に改めて焦点があてられることになる。

2――為替への圧力は米国の常套手段

為替問題を取り上げて、他国に圧力をかけるやり方は、トランプ政権が始めてという訳ではない。米国は対米貿易黒字を膨らませてきたアジア諸国に対して、通貨の切り上げを求めてきた歴史がある。例えば、巨額の貿易赤字を抱えた米国は、1980年代後半から1990年代前半にかけて、韓国、台湾、中国の3ヵ国を「為替操作国」に認定し、通貨切り上げ圧力を強めて来た[図表2]。

この為替操作国への認定は、1988年包括通商競争力法(以下、1988年法)と2015年貿易円滑化・貿易執行法(以下、2015年法)に基づいて行われる。認定基準は、1988年法が貿易相手国の政策意図という定性面を重視するのに対して、2015年法では3つの基準、すなわち(1) 対米貿易黒字が200億ドル以上、(2) 経常黒字額が対GDP比2%以上、(3) 為替介入による外貨買い入れが過去12カ月合計でGDPの2%以上という定量面を重視している。この基準の3つに抵触する国は為替操作国と認定され、2つの場合は為替監視リストに追加される[図表3]。そして、為替操作国に認定された国は、米国から2国間協議を求められる場合があり、問題が解決しなければ、新規融資の停止や政府調達から排除といった制裁措置が検討されることになる。
為替操作国と認定される国は、1994年の中国を最後にしばらくなかったが、トランプ1.0で米中貿易摩擦が激しくなる中で、2019年8月に中国が再指定されている。このときは、米中が第一段階の貿易合意に至ったことを受けて、為替操作国の指定も解除されているが、米国が貿易不均衡の是正に向けて為替で圧力を強めるやり方は変わっていない。

3――為替条項は中長期の影響が大きい

トランプ政権は、貿易不均衡の是正や国内製造業の輸出競争力を強化するため、日本の通貨政策を批判してきた。日本が米国と為替条項を結ぶとすれば、基本的に円高圧力にならざるを得ない。

為替条項については、3つの点で日本に影響が出るリスクがある。まず1つ目は、金融政策の独立性の問題である。日本は1990年代以降、金融緩和によって経済や物価を下支えしてきた。現在は、日銀の植田総裁が衆院予算委員会で「現在はデフレではなく、インフレの状態にある」との認識を示されたように、少なくともデフレではない状態にあるとは言える。ただ、日本の潜在成長率は1%程度と高まっておらず、財政余力も乏しい中で、経済的なショックに弱い状況が続いている。こうした状況で必要とされる量的緩和などの金融政策を「意図的な通貨安誘導」と一方的に見做されれば、日銀が機動的に政策調整に動けなくなり、結果として景気低迷の長期化や景気回復の遅れにつながることになりかねない。

また、2つ目は、通貨政策の自由度が低下する点である。とりわけ、為替介入は「為替操作」として問題視されやすい。トランプ政権は、ドル高の是正を訴えていることから、相手国通貨を支える目的で実施される介入(円買い)を問題視する可能性は低いが、相手国通貨を減価する目的で実施される介入(円売り)は、不公正な競争上の優位を得るための介入として批判される可能性が高い。そうなると、仮に、制裁措置などを伴う厳格な為替条項が適用され、過度な円高に振れても、政府は介入(円売り)に踏み込みにくくなる。通貨政策の自由度が低下した結果、市場では投機の動きが円高をさらに加速させることになる。

最後の3つ目は、円高がもたらす影響である。日本全体で見れば、円安は景気にプラスの影響を及ぼすという評価がある1。近年では、円安は輸出企業の輸出競争力を強化するだけでなく、インバウンド消費を押し上げる効果も果たしている。円高は輸出企業やインバウンドにはネガティブである。

米国は、TPPでは失敗した為替条項の導入を、米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)で実現している。こうした成功体験をもとに、日本や各国に交渉を迫ることが予想される。ただ、USMCAで規定された為替条項は、締約国が競争的な通貨切り下げを回避し、為替政策に関する透明性を提供することを求めるものであり、既存のG20の公約と一致する内容となっている。情報開示や協議の枠組みを重視し、不公正な行為に対して制裁措置が直ちに発動できる立て付けにはなっていないことから、締約国の政策に実質的な影響を与える可能性は低いといった見方もある2

日本としては、国家の主権や中長期の競争力に影響する問題で、安易に妥協することはできない。関税、為替、安全保障、どれも日本にとって重要な問題であり、難しい交渉になることは間違いない。何か別の優先事項を得るために為替条項を譲らざるを得ない場合であっても、中長期的な影響が大きく出ないよう交渉されることに期待したい。
 
1 日本銀行「「経済・物価情勢の展望」(展望レポート)(2022年1月19日)
2 United States International Trade Commission 「U.S.-Mexico-Canada Trade Agreement: Likely Impact on the U.S. Economy and on Specific Industry Sectors」(2019年4月11日)

総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也(すずき ともや)

研究領域:

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴

【職歴】
 2011年 日本生命保険相互会社入社
 2017年 日本経済研究センター派遣
 2018年 ニッセイ基礎研究所へ
 2021年より現職
【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会検定会員

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