基礎年金の底上げ策に伴って厚生年金の補てんを求めるのは妥当か~年金改革ウォッチ 2025年4月号

2025年04月08日

(中嶋 邦夫) 公的年金

1 ―― 先月の動き

年金数理部会は、2024年度の公的年金財政状況報告を取りまとめた。資金運用部会は、基本ポートフォリオ(資産配分)を含むGPIFの次期中期計画案を了承した。
 
○社会保障審議会 資金運用部会
3月27日(第28回)  GPIFの次期中期計画案について
 URL https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_shikinshiryo28.html (資料)
 
○社会保障審議会 年金数理部会
3月27日(第104回)  公的年金財政状況報告(2024年度)、その他
 URL https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_53056.html (資料)

 
* 年金改革ウォッチは2013年1月より連載。2023年4月より、原則毎月第2火曜日に連載。

2 ―― ポイント解説:

2 ―― ポイント解説:基礎年金の底上げ策に伴う厚生年金の水準低下に求められる丁寧な説明

3月下旬に開かれた自民党の厚生労働部会と社会保障制度調査会の合同会議では、連合が基礎年金の底上げ策に伴う厚生年金の水準低下に懸念を示し、経団連や日本商工会議所が丁寧な説明を求めた。本稿では、同案の要点と影響が生じる要因を確認し、水準低下の補てんを求める意見を考察する。
1|現行制度の要点:基礎年金(1階)の将来水準を決めてから、厚生年金(2階)の将来水準を決定
現行制度は、保険料の引上げを2017年に停止した代わりに、年金財政が健全化するまで、現在の受給者分も含めて将来の年金額を段階的に調整する仕組みになっている。

年金財政の健全化は国民年金財政と厚生年金財政に分けて判定されるが、国民年金財政の支出の大半は基礎年金財政への拠出であるため、まず、国民年金財政がバランスするように基礎年金(1階部分)の調整期間や将来の給付水準が決まる。これが決まると、厚生年金財政から基礎年金財政への長期的な拠出額が決まり、残る財源で厚生年金財政がバランスするように厚生年金(2階部分)の調整期間や将来の給付水準が決まる。
2|基礎年金底上げ策の影響と評価:厚生年金の調整期間は延びるが、低所得者ほど目減りが大きくなる問題を解決
基礎年金の底上げ策が実施されると、現行制度と比べて、将来の基礎年金(1階部分)の水準が上がり、厚生年金財政から基礎年金財政への長期的な拠出額が増加するため、厚生年金(2階部分)の給付に充てる財源が減少して、厚生年金の調整期間が長期化し、将来の厚生年金の給付水準が下がる。
しかし、前述したように、現行制度で厚生年金(2階部分)の調整が早めに停止するのは、将来の基礎年金(1階部分)の給付水準が下がる影響である。基礎年金の底上げ策では、1階部分と2階部分の調整期間が揃うため、現役時の給与が低いほど早期に現行制度の給付水準を上回るとともに、世代内で年金額の目減り度合が給与水準を問わず同じになる。加えて、基礎年金の調整が早期に停止するため、各世代の目減り度合が早く等しくなり、世代間の不公平が改善する。

基礎年金の底上げ策を評価する際は、現行制度で起きる現役時に給与が少ない人ほど基礎年金(1階部分)の水準低下の影響が大きい問題と改正の影響を比較する必要がある。
3|給付水準低下の補てんを求める意見の考察:出生動向や今後の見直しの論点を踏まえた慎重な検討が必要
基礎年金の底上げ策の効果を評価する意見がある一方で、当面の厚生年金受給者の給付水準低下への批判を懸念して、低下分に対する何らかの補てんを求める意見がある。
しかし、補てんの財源を将来世代が負担する形になれば、改正案の効果である世代間不公平の改善と逆行する。

また、現行制度で厚生年金の調整をいつ止められるかは、今後の経済や人口に依存するため確定的ではない。出生率が低位推計に近づきつつあること*1を踏まえれば、中位推計に基づいて補てんを決定するのは拙速となる可能性がある。
さらに、経団連や連合などが改正後の検討事項として厚生年金のさらなる適用拡大や在職老齢年金の廃止など、厚生年金(2階部分)の調整停止時期が遅くなる見直しを挙げていることを考えれば、現行制度や今回の改正案に基づいて補てんを検討するのは時期尚早かもしれない。

今回の改正案の成立には当面の厚生年金受給者への配慮が必要かもしれないが、視野を広げた議論を期待したい。
 
*1 例えば、藤波匠(2024)「2024年の出生数は68.5万人、婚姻数は47.5万組の見通し」は1.15を割り込むと見込んでいる。

保険研究部   主席研究員・年金総合リサーチセンター 公的年金調査部長 兼任

中嶋 邦夫(なかしま くにお)

研究領域:年金

研究・専門分野
公的年金財政、年金制度全般、家計貯蓄行動

経歴

【職歴】
 1995年 日本生命保険相互会社入社
 2001年 日本経済研究センター(委託研究生)
 2002年 ニッセイ基礎研究所(現在に至る)
(2007年 東洋大学大学院経済学研究科博士後期課程修了)

【社外委員等】
 ・厚生労働省 年金局 年金調査員 (2010~2011年度)
 ・参議院 厚生労働委員会調査室 客員調査員 (2011~2012年度)
 ・厚生労働省 ねんきん定期便・ねんきんネット・年金通帳等に関する検討会 委員 (2011年度)
 ・生命保険経営学会 編集委員 (2014年~)
 ・国家公務員共済組合連合会 資産運用委員会 委員 (2023年度~)

【加入団体等】
 ・生活経済学会、日本財政学会、ほか
 ・博士(経済学)

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