日銀短観(3月調査)~日銀の言う「オントラック」を裏付ける内容だが、トランプ関税の悪影響も混在

2025年04月01日

(上野 剛志) 金融市場・外国為替(通貨・相場)

1.全体評価:製造業景況感・設備投資はやや弱め、インフレ期待は上振れ

4月1日に公表された日銀短観3月調査では、注目度の高い大企業製造業の業況判断DIが12と前回12月調査から2ポイント低下し、景況感の小幅な悪化が示された。同DIの低下は4四半期ぶりとなり、一昨年末以降、景況感が一進一退の域を脱していない。自動車生産の持ち直し等が支えになったものの、トランプ関税の悪影響や中国経済の低迷が景況感を圧迫したとみられる。一方、大企業非製造業では、好調なインバウンド需要などに後押しされて、業況判断DIが35と前回比2ポイント上昇した。
 
ちなみに、前回12月調査1では、世界的なAI関連需要や自動車生産の回復などを受けて大企業製造業の景況感が若干改善した一方で、物価高による消費マインドの低迷や気温の高止まり等の影響により、非製造業では景況感が弱含んでいた。
 
前回調査以降、大企業製造業では、認証不正の影響剥落等に伴って自動車生産が持ち直したものの、中国経済の低迷が続いたほか、トランプ関税の悪影響が景況感の重石になったと考えられる。調査時点において、トランプ政権による日本製品に対する直接的な影響は限られていたものの2、鉄鋼・アルミでは先んじて追加関税が発動されていた。

一方、大企業非製造業では、コメなどの物価上昇による消費マインドの低迷や、物流費・人件費等のコスト上昇が景況感の重石となったものの、冬の賞与増加や好調なインバウンド需要、価格転嫁の進展が追い風となり、景況感がやや改善したと考えられる。

中小企業の業況判断DIについては、製造業が前回から1ポイント上昇の2、非製造業が横ばいの16となった。中小企業では景況感がほぼ横ばいで推移している。
 
先行きの景況感については大企業製造業で横ばい、その他は総じて悪化が示された。製造業では、トランプ政権による追加関税やそれに端を発する貿易戦争への警戒感が景況感の重石になったとみられる。さらに、調査時期の関係で、今回の調査には自動車に対する追加関税(25%)の発動決定(3月26日)や相互関税の公表(4月2日予定)の影響が十分に織り込まれていない点には留意が必要だ。

一方、非製造業では、物価上昇の継続による消費の腰折れや原材料費・人件費・物流費など各種コストの増大懸念が反映される形で、先行きの景況感が悪化したとみられる。
 
なお、事前の市場予想との対比では、注目度の高い大企業製造業については、足元の景況感(QUICK集計予測値12、当社予想も12)は予想に一致、先行きの景況感(QUICK集計予測値9、当社予想は7)は市場予想を上回った。大企業非製造業については、足元の景況感は市場予想(QUICK集計33、当社予想は35)を上回ったものの、先行きの景況感は市場予想(QUICK集計30、当社予想も30)を下回っている。
 
2024年度の設備投資計画(全規模)は、前年比8.1%増と前回12月調査(9.7%増)からやや下方修正された。

例年、3月調査(実績見込み)では、中小企業で計画が具体化してくることによって上方修正される反面、大企業で下方修正が入ることで、全体としては若干下方修正される傾向がある3。また、人手不足による工事進捗の遅れも下方修正の要因となったとみられる。ただし、下方修正されたと言っても、前年比8.1%増という伸び率は引き続き堅調な投資計画と言える。好調な収益を源泉として投資余力が確保されるなかで、省力化・脱炭素・DX・サプライチェーン再構築の推進等に伴う投資需要が支えになっていると考えられる。
 
一方、今回から新たに調査・公表された2025年度の設備投資計画(全規模全産業)は、2024年度見込み比で0.1%増となった。かつては、3月調査の段階では翌年度計画がまだ固まっていないことから前年割れとなる傾向があったが、近年では前向きな投資姿勢を反映してプラスになる傾向がある。今回も前年比でかろうじてプラスになったものの、3%台を記録した2023・2024年度と比べると勢いが見られない。日本も対象になり得る多くの関税策を掲げるトランプ政権の出方は極めて不確実性が高いうえ影響も大きいため、事業環境の先行き不透明感が俄然高まっている。このため、製造業を中心に様子見姿勢が強まり、設備投資計画をとりあえず据え置く動きが生じていると考えられる。企業規模別では中小企業で慎重姿勢が目立っており、人件費等の各種コスト負担が投資意欲の抑制に働いている可能性がある。
 
物価関連項目では、販売価格判断DIについては、総じて先行き(3か月後)にかけて上昇しており、短期的な価格引き上げ方針が示されている。また、企業の物価全般の見通し(全規模)では、1年後・3年後・5年後の物価上昇率がともに前回からやや上振れしているほか、販売価格の見通しも前回からやや上方修正されている。物価関連項目は総じて強含んでおり、物流費・人件費等のコスト上昇見通しを背景とする企業による値上げ継続姿勢が示唆されている。
 
今回の短観では、企業のインフレ予想の高止まりや値上げ意向の継続、強い人手不足感が確認された。これらは、既に初期段階の集計結果が判明している今春闘での高い賃上げ実現とともに、日銀が追加利上げの判断材料としている「経済・物価が見通しに沿った経路を辿っている(オントラックにある)」との見方を裏付ける材料になる可能性が高い。

一方で、今回の短観は、景況感や今年度の設備投資計画などにトランプ関税の悪影響が一定程度うかがわれる内容にもなっている。しかも、今回の短観では、調査時期の関係で自動車への追加関税(3月26日公表・4月3日発動予定)や相互関税(4月2日公表予定)の悪影響が十分に織り込まれていないにもかかわらずだ。

従って、日銀としては、賃金・物価の好循環を巡る前向きな材料と、海外発の懸念材料が混在する形の短観という評価となり、早期の利上げを促す決定打とはならないだろう。日銀はしばらく、賃上げの中小企業等への波及や賃金上昇の価格への転嫁状況を確認しつつ、米政権の動向とその影響を慎重に見定めるスタンスを維持すると見ている。
 
1 回収基準日は前回12月調査が11月27日、今回3月調査が3月12日(基準日までに約7割が回答するとされる)。
2 3月12日に鉄鋼・アルミ製品に対する25%の関税が発動されたのみ。海外では、中国(2月~)、カナダ・メキシコ(3月~・USMCA対象品は先送り)からの輸入品に対して追加関税が発動されている。
3 直近10年間(2014~23年度)における3月調査(実績見込み)での修正幅は平均で▲1.1%ポイント。

2.業況判断DI

2.業況判断DI: 足元はまちまちだが、先行きは悪化が優勢に

全規模全産業の業況判断DIは15(前回比横ばい)、先行きは10(現状比5ポイント下落)となった。大企業について、製造・非製造業別の状況は以下のとおり。

(大企業)
大企業製造業の業況判断DIは12と前回調査比で2ポイント下落した。業種別では、全16業種中、下落が11業種と上昇の5業種を上回った。

繊維(23ポイント下落)、石油・石炭(17ポイント下落)のほか、市況の低迷に加えてトランプ政権によって追加関税が発動された鉄鋼(10ポイント下落)、人手不足に伴う建設需要低迷の影響を受けた窯業・土石(7ポイント下落)、中国経済低迷の影響を受けた生産用機械(4ポイント下落)、はん用機械(2ポイント下落)、コメなどの仕入価格上昇を受けた食料品(2ポイント下落)などで下落がみられる。一方、認証不正問題の影響剥落で生産が持ち直した自動車(5ポイント上昇)、AI関連需要が堅調な電気機械(3ポイント上昇)、非鉄金属(同)などが下支えとなった。

先行きについては下落が6業種と上昇の5業種をやや上回り(横ばいが5業種)、全体では横ばいとなった。

自動車関税引き上げへの警戒が現れた自動車(4ポイント下落)、非鉄(9ポイント下落)、金属製品(同)、世界的な貿易摩擦激化への警戒が現れたとみられるはん用機械(8ポイント下落)などの下落が目立つ。
 
大企業非製造業の業況判断DIは前回から2ポイント上昇の35となった。業種別では、全12業種中、上昇が7業種と下落の3業種を上回った(横ばいが2業種)。

好調なインバウンド需要や冬の賞与増加の追い風を受けた宿泊・飲食サービス(6ポイント上昇)、対個人サービス(同)、小売(8ポイント上昇)のほか、価格転嫁の進展を受けた建設(6ポイント上昇)、不動産(2ポイント上昇)などで上昇がみられた。

先行きについては、下落が9業種と上昇の2業種を大きく上回り(横ばいが1業種)、全体では7ポイントの下落となった。

長引く物価高による消費減速懸念が出た宿泊・飲食サービス(10ポイント下落)、小売(4ポイント下落)、運輸・郵便(6ポイント下落)のほか、人手不足感の強い建設(10ポイント下落)、不動産(11ポイント下落)の下落が目立つ。

3.価格判断

3.価格判断:値上げ意向は継続、物価見通しは2%超で高止まり

大企業製造業の仕入価格判断DI (上昇-下落)は前回から2ポイント上昇の41、非製造業は4ポイント上昇の48となった。川上段階での物流費や食材費、人件費等の価格転嫁を受けて、仕入価格の増勢がやや強まったとみられる。

一方、販売価格判断DIは製造業・非製造業ともに3ポイント上昇の28、32となった。

製造業では仕入価格判断DIの上昇幅を販売価格判断DIの上昇幅がやや上回ったため、差し引きであるマージン(採算)は若干改善している。一方、非製造業では、仕入価格判断DIの上昇幅を販売価格判断DIの上昇幅がやや下回ったため、マージンは若干悪化した。

仕入価格判断DIの3か月後の先行きは大企業製造業で2ポイントの上昇、非製造業で1ポイントの上昇が見込まれている。一方、販売価格判断DIの3ヵ月後の先行きは、製造業・非製造業ともに2ポイントの上昇が見込まれていることから、マージンはほぼ横ばいが維持される見込み。製造業、非製造業ともに販売価格判断DIの先行きの水準は30%ポイント前後(コロナ前は概ねゼロ%ポイント)で高止まりしており、一定程度の値上げが定着している。 

なお、中小企業では、販売価格判断DIの先行きとして、製造業で10ポイントの上昇、非製造業で7ポイントの上昇が見込まれている。DIの先行きの水準も40%ポイント弱(コロナ前は概ねゼロ%ポイント)と大企業よりも高めだ。これまでの価格転嫁の遅れもあり、中小企業の先行きの値上げ意欲は相対的に強い。
 
同じく物価関連項目である企業の「物価全般の見通し(全規模)」も引き続き2%超で高止まりしている。具体的には、1年後が前年比2.5%、3年後が2.4%、5年後が2.3%となり、それぞれ、前回から0.1%ポイント上方修正されている。

また、企業の販売価格の見通し(全規模・現状との比較)も1年後が前回から0.1%、3年後と5年後が前回から0.2%ポイント上方修正されており、中長期的な値上げ意向もやや強まっている。

経済研究部   主席エコノミスト

上野 剛志(うえの つよし)

研究領域:金融・為替

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴

・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
・ 2007年 日本経済研究センター派遣
・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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