III.高齢者の労働市場参加の現状
1970年代までには55歳が一般的だった日本の定年年齢は、平均寿命の上昇や出生数の減少による労働力不足等の影響によって、継続的に引き上げられてきた。政府は高年齢者雇用安定法を改正することで、1985年に60歳定年を努力義務とし、1994年には法を改正して60歳定年を義務化する規定を設け、1998年からは60歳定年を施行した。
2004年の「高年齢者雇用安定法」(2006年4月施行)では、定年が65歳未満の企業に対して、(1)65歳までの定年延長、(2)定年廃止、(3)定年後も労働者を雇用する継続雇用制度(再雇用制度と勤務延長制度)のいずれかを選択して実施することを義務化した。
ただし、企業が継続雇用制度を選択して実施する場合には、継続雇用制度の対象者を選定する基準を労使協定で設定できるようにしたため、希望するすべての労働者が継続して勤務することはできなかった。 また、労働者が実際には継続雇用制度を希望しているにもかかわらず、企業が設定した基準に自分は該当しないと自ら判断し、継続雇用を希望しない事例も頻繁に発生した。
そこで、政府はこのような問題点を改善するため、2013年4月から新しく改正された「高齢者雇用安定法」を施行し、労使協定によって対象者を選定する基準を法的に禁止した。また、2013年の改正では、60歳定年後も引き続き勤務できる企業の範囲をグループ企業まで拡大した。高年齢者雇用確保措置を実施していない企業に対しては、労働局と公共職業安定所であるハローワークが指導を行い、指導後も改善しなかった企業は是正勧告の対象となる。
さらに、勧告を受けた企業は公共職業安定所からの求職活動ができなくなり、助成金の支給も停止される。また、企業が勧告に従わない場合には、企業名が公表される。企業名が公表されると、コンプライアンス(compliance)に対する意識が低い会社として認識され、企業に対する評価が下がり、結果的に優秀な人材の採用が難しくなるため、ほとんどの企業は高年齢者雇用確保措置を実施している状況である。
厚生労働省が2023年12月に発表した調査結果によると、2023年6月1日現在、約99.9%の企業が上記3つの措置のうち1つを選択して高年齢者雇用確保措置を実施していることが分かった。さらに、2021年4月からは、2020年4月に公布された「改正高年齢者雇用安定法」の施行により、70歳まで現役で働くことが可能になった。
改正法の施行により企業は(1)70歳までの継続雇用制度の導入、(2)70歳までの定年の引き上げ、(3)定年制の廃止、(4)70歳まで継続的に業務委託契約を結ぶ制度の導入、(5)70歳まで企業自らのほか、企業が委託や出資等する団体が行う社会貢献活動に従事できる制度の導入のうち、いずれかの措置を講じることが努力義務として追加された。
政府が70歳雇用を推進するなど高年齢者の労働市場参加を奨励する政策を実施する主な理由は、(1)少子高齢化の進展による労働力不足に対応するとともに、(2)社会保障制度の持続可能性を高めるためだ。これまでの政府の高年齢者雇用政策が公的年金制度の受給開始年齢の引き上げとともに実施されてきたことに比べて、2020年の改正では公的年金の受給開始年齢の引き上げがない中で、70歳雇用の努力義務が課された。つまり、これまでは年金の受給開始年齢に合わせて退職する時期を決めていたが、これからは年金の受給開始年齢とは関係なく、高年齢者が個人の希望に合わせて退職する時期を決めることになったのだ。
政府が継続的に高年齢者雇用促進政策を推進した結果、労働市場に参加する高年齢者は年々増加している。60~64歳と65~69歳の高年齢者の就業率は、「改正高年齢者雇用安定法」施行前で、低在老の在職老齢年金について一律に年金の2割を支給停止する仕組みを廃止した2005年の52.0%(男性65.9%、女性39.0%)と33.8%(男性45.0%、女性23.7%)から、2023年には74.0%(男性84.49%、女性63.8%)と52.0%(男性61.6%、女性43.1%)と大幅に上昇した。
2023年における労働力人口のうち65~69歳の者は394万人、70歳以上の者は537万人であり、労働力人口総数に占める65歳以上の者の割合は13.4%と長期的には上昇傾向にある。