V.今後の課題
1988年に導入された最低賃金は2025年には1万ウォンを超えるなど、韓国の労働者の労働者の生活を安定させる役割をしてきたが、まだ解決すべき課題が多く、その一つが高い未満率である。未満率は、最低賃金未満の時給で働いている労働者の割合を意味し、韓国では「経済活動人口付加調査」と「雇用形態別勤労実態調査」で未満率を推計している。「経済活動人口付加調査」の調査対象は、全国33,000余世帯の15歳以上の世帯員で、現役軍人、社会服務
21要員、刑が確定した刑務所受刑者、戦闘警察、外国人は除外される。調査期間は毎月15日を含む1週間で、地方事務所担当職員がPDAを携帯して調査対象世帯を訪問し、面接調査しながら直接入力する方式だ。具体的な調査項目は、性別、生年月日、経済活動状況、就業時間、産業、職業、従事上の地位、求職方法、求職期間など35項目である。一方、「雇用形態別勤労実態調査」は、賃金労働者1人以上を雇用している事業場を対象に、雇用形態別、産業及び職種別、性別、年齢層別、学歴別など労働者の属性別労働者数、月給額、年間特別給与額、労働日数及び労働時間、社会保険加入の有無、付加給付の適用有無などの労働実態を調査することを目的とする。特に、様々なタイプの非正規労働者の賃金、労働時間、雇用形態など労働条件に関する実態を把握し、労働政策樹立に必要な基礎資料を提供している。
以上のように「経済活動人口付加調査」と「雇用形態別勤労実態調査」は調査対象と調査時期などが異なっており、最低賃金の未満率も差が発生している。2023年における最低賃金の未満率は、「経済活動人口付加調査」が13.7%、「雇用形態別勤労実態調査」が4.2%で、両調査において大きな差はあった。しかし、両調査ともに日本の1.8%(2022年度)を大きく上回っている。
「経済活動人口付加調査」に基づいた業種別未満率は、農林漁業が43.1%で最も高く、次は宿泊・飲食業(37.3%)、協会及びその他のサービス業(25.3%)、卸・小売業(16.4%)等の順であった。企業規模別では、相対的に零細企業の割合が多い従業員数1~4人企業の未満率が32.7%で最も高く、次は5~9人(18.7%)、10~29人(11.6%)、30~99人(7.7%)、100~299人(4.0%)、300人以上(2.2%)の順であることが確認された
22。
最低賃金の適用を受ける使用者は、国が定めた最低賃金額以上の賃金を労働者に支払わなければならず、それに違反した場合は罰金等のペナルティを課せられるものの、韓国ではまだ最低賃金を守らない企業が多いことがうかがえる。なぜこのような現象が起きているのだろうか?
韓国における未満率が高い理由としては、①最近の景気低迷により大幅な最低賃金の引き上げに対応できない中小・零細企業が増えていることと②最低賃金を支給していない企業に対する摘発・監督や処罰が適正に行われていないことなどが考えられる。
2021年から2023年までの3年間、6万6491社を監督した結果、最低賃金法違反で摘発された企業は1万3274社(19.96%)に達した。このうち、最低賃金の未払い件数は1325件で、司法処分された件数は15件(違反件数の1.13%)に過ぎなかった。司法処分された件数が少ない理由は、最低賃金に違反した企業に「是正命令」が優先的に出されるからである。最低賃金制度に違反した企業は3年以下の懲役や2000万ウォン以下の罰金刑に処されることになっているものの、企業が「是正命令」を遵守し、滞納していた賃金を労働者に支払えば、今まで最低賃金制度に違反したことに対する何の処罰も受けずに継続的に企業活動をすることができる。このような軽い処罰基準は、「運悪く摘発されたら、その際に対応すればいい」という意識を企業に広げた可能性が高い。最低賃金の未満率を下げるためには、より勤労監督や処罰基準を強化する必要がある。
また、労働者の生活の質を向上させるために最低賃金を引き上げることも大事であるが、法律で決まっている最低賃金を守るようにすることが何より重要である。そこで、最低賃金制度の実効性を高めるために、日本が実施している地域別最低賃金や特定(産業別)最低賃金の導入が必要だという主張もある。
2024年7月2日に開かれた最低賃金委員会で使用者側のリュ・ギジョン委員(韓国経営者総協会専務理事)は「宿泊・飲食業の未満率は37.3%に達するとともに、フルタイム労働者の賃金中央値に占める最低賃金額の割合は87.8%で高い。製造業に比べて21%に過ぎない1人当たりの付加価値水準などを考慮すると、最低賃金受容能力が最も劣悪な業種である。(中略)現実的な可能性を考慮し、宿泊・飲食業全体ではなく、零細自営業者が多い飲食店(韓国食堂、分食レストランなど)、チェーン化されたコンビニエンスストア、タクシー運送業のみ最低賃金を差別適用しよう」と提案した。
また、小商工人連合会は、同日開かれた記者会見で、最低賃金水準が小商工人の支払能力を超えたと主張しながら、「労働強度や労働生産性、使用者の支払い能力などを考慮し、経営状況が劣悪な業種に対しては試験的にでも最低賃金の差別適用を実施しよう」と要求した。一方、労働者側は低賃金業種というスティグマ効果の発生、統計データ不足などを理由に業種別差別に反対した。投票の結果、賛成11票、反対15票、無効1票で使用者側が提案した議案は否決された。
一方、与党国民の力のナ・ギョンウォン議員は8月21日に国会議員会館で行われた「外国人労働者の最低賃金区分適用セミナー」で「少子高齢化、労働力不足の深刻化により、外国人労働者の拡大はもはや選択ではなく、必須の時代になった。しかし、現場では高い最低賃金で零細自営業者・小商工人、中小企業、農民の苦労が大きくなっている。(中略)外国人労働者は収益の80%は本国に送金している。労働者1人の生計費は国内生計費を基準にしなければならないが、彼らが送金して使われる家族の生計費は韓国の生計費基準と同じと見ることはできない」と指摘した。ナ・ギョンウォン議員の発言に対して、チョン・ホイル民主労総代表は「最低賃金は、労働者の基本的な生存権を保障するために法的に強制した制度で、最低賃金に対する差別は人間に対する差別である。最低賃金を差別適用することは低賃金労働者の賃金を引き下げ、労働者全体の賃金が下落する結果を招く」と批判した
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韓国における最低賃金の差別化に関する議論は、最近、最低賃金を一元化しようとする日本とは反対の動きである。最低賃金の差別適用については日本、ドイツ、オーストラリアなどの事例を参考により慎重に検討すべきである。ドイツとオーストラリアは、業種別の最低賃金が法定又は国の最低賃金より高く設定されており、日本は各都道府県内の特定の産業の労働者に適用 · 地域別と産業別の両方の最低賃金が同時に適用される場合には、高い方の最低賃金以上の賃金を払うことになっている。
また、労働者側と経営者側が争って最終的には公益委員の提示案を反映して最低賃金を決定する仕組みの見直しも検討すべきではないかと考えられる。本文でも述べたように1988年から行われた最低賃金委員会で政労使の合意により最低賃金が決定されたのは38回のうち7回に過ぎず、最低賃金の決定は労使の合意で行われた事例が少ない。労使が引き上げ率をめぐって接点を見つけられない間、最終的には公益委員の仲裁案で最低賃金が決まるが、公益委員が提示する仲裁案の根拠が一貫していないという意見が多い。つまり、公益委員は雇用労働部長官が推薦し、大統領が任命するので、政府の立場が反映されやすくなっている。最低賃金の引き上げ率が進歩政権で高く、保守政権で低かったのも公益委員を政府が任命する仕組みになっているからだ。
さらに、相対的に最低賃金引き上げに多く影響される若者や非正規雇用者など不安定労働者の声がより反映される仕組みに改善する必要がある。また、産業構造の変化により急増したギグワーカーに対する対策も考えるべきだ。最低賃金法など労働関係法が適用されない、雇用によらない労働者をこのまま放置しておくと、新しいワーキングプアが生まれ、貧困や格差がより拡大する恐れがある。これを防ぐためにはまず、ギグワーカーの実態を正確に把握する必要があり、それは政府の主導の下で行われるのが望ましい。
政権により政策の優先度が大きく変わる韓国において最低賃金がどのように変わっていくのか今後の動きに注目したいところだ。
21 徴兵制国家である韓国の兵役判定検査で補充役処分を受けた人々が公益目的遂行に必要な分野で代替服務を行う制度。
22 「雇用形態別勤労実態調査」に基づいた業種別未満率(2019年基準)は、芸術・レジャー業が14.8%で最も高く、次は運輸業(11.1%)、宿泊・飲食業(11.0%)、その他のサービス業(10.8%)、不動産賃貸業(9.8%)、教育サービス業(9.8%)、金融・保険業(8.6%)、卸・小売業(5.8%)、農林漁業(4.6%)の順で「経済活動人口付加調査」よりは全体的に低い。また、企業規模別では、相対的に零細企業の割合が多い従業員数1~4人企業の未満率が11.2%で最も高く、次は5~9人(3.4%)、30~99人(3.2%)、10~29人(2.8%)、100~299人(2.4%)、300人以上(0.5%)の順であることが確認された。イム・ムソン(2021)pp.147~148を参照。
23 naeil新聞(2024)から引用。