韓国における最低賃金制度の変遷と最近の議論について

2025年03月28日

(金 明中) 社会保障全般・財源

III.日本と比較した韓国の最低賃金の水準

韓国の雇用労働部は2024年8月5日、2025年度(1~12月)の最低賃金(時給)を2024年度の9,860ウォンから1.7%増えた1万30ウォン(約1,113円、1ウォン=約0.11円)にすると正式に決定した。韓国の最低賃金が1万ウォンを超えたのは1988年の最低賃金制度の導入以来初めてだ。

では、韓国の最低賃金は日本と比べてどの程度の水準にあるのだろうか。ここでは日韓の為替レートを用いて韓国の最低賃金を円に直すことにより、日韓の最低賃金の水準を比較した。為替レートは1989年から2021年までは年平均を、そして2024年と2025年は厚生労働省の中央最低賃金審議会が2024年の最低賃金を決めた7月24日までの年平均(1ウォン=約0.11円、以下この為替レートを適用)を適用した。

分析の結果、韓国と比べた日本の最低賃金の水準はアジア通貨危機の問題がある程度収拾された1999年以降縮小傾向に転じ、1999年の4.78倍から2025年には0.93倍まで縮まった(1997年はアジア通貨危機によるウォン安の影響で日韓の最低賃金の差が拡大)。為替の影響もあり単純比較することは難しいが2022年以降は韓国が日本の最低賃金を上回っている(図表4、2025年の最低賃金は韓国が約1,133円、日本が1,054円)。韓国の2025年の最低賃金を月単位(週40時間基準、月間209時間13)に換算すると、前年比3万5,530ウォン増の209万6,270ウォンとなる。前年比引き上げ率は1.7%。新型コロナウイルス感染症が流行していた2021年(1.5%)に続き、史上2番目に低い。
さらに、韓国では日本とは異なり最低賃金に加えて週休手当が支給されており、週休手当を含めると日本と韓国の最低賃金の格差はさらに広がる。週休手当とは、1週間の規定された勤務日数をすべて満たした労働者に支給される有給休暇手当のことである。韓国では一日3時間、週15時間以上働いた労働者には週休日に働かなくても、一日分の日当を支給することになっている。例えば、一日8時間、週5日勤務すると、計40時間分の賃金に週休手当8時間分が加わり、計48時間の賃金が支給される。対前年比最低賃金の引き上げ率は2023年までは韓国が日本より高かったが、2024年と2025年は日本がそれぞれ4.5%と5.0%で、韓国の2.5%と1.7%を上回った。
 
13 月間209時間の算出根拠 →(365日÷12カ月÷7日)×(40時間(法定労働時間)+8時間(週休手当))=208.5714時間

IV.最低賃金と関連した議論

IV.最低賃金と関連した議論

(1) 進む労働市場の二極化と雇用形態の二極化、解決策は最低賃金の引き上げ?
韓国における労働者の賃金格差は労働市場の二極化による要因が大きい。韓国では2008年から2020年まで賃金格差が緩和されてきたが、2020年以降は賃金格差がさらに拡大している(ジャン・サラン、2023)。雇用労働部の「雇用形態別労働実態調査」を用いて計算したジニ係数は2018年の0.349から2020年には0.325に減少傾向にあったが、2021年には0.327、2022年には0.332と再び上昇した。

実質賃金に換算した所得分位別平均時間当たり賃金の2020年から2022年までの増減率を見ると、賃金が最も低い所得階層である所得1分位の同期間における増減率は2.9%で、賃金が最も高い所得階層である第10分位の11.2%を大きく下回った。

また、非正規労働者と正規労働者との賃金格差は依然大きいままだ。雇用労働部(2024)によるとフルタイムで働く正規労働者1時間当たり賃金は22,878ウォンであるのに対し、非正規労働者は17,586ウォンで正社員の70.9%にとどまっていることが確認された(図表6)。正規労働者の賃金を100とした場合の非正規労働者の相対賃金水準は2008年の55.5以降、2011年には60台に、2020年には70台まで改善されたが、2021年の72.9以降は再び低下傾向を見せている。また、賃金水準を企業規模別に見ると、従業員300人以上の大企業の正規労働者の賃金を100とした場合、従業員300人未満の中小企業の正規労働者の相対賃金水準は57.6、従業員300人未満の中小企業の非正規労働者の相対賃金水準は44.1に過ぎなかった。
このように労働市場の二極化により発生した賃金格差の問題を解決する手段の一つとして実施したのが最低賃金の引き上げであり、1988年に最低賃金が韓国に導入されてから毎年最低賃金は引き上げられた。その結果、フルタイム労働者の中央値を100とした場合の最低賃金額の割合は2000年の28.8から2023年には60.9に上昇した。これは同時点の日本の46.0とOECD平均55.9を上回る数値である14(図表7)。
 
14 山田(2024)は、『賃金構造基本調査』の中央値を用いてカイツ指標を計算し、「OECDデータベースのカイツ指標は「フルタイム労働者賃金(残業代及びボーナスを除くベース)に対する最低賃金の割合」となっているが、データを検証してみると、わが国の場合は残業代や賞与も含めたベースで推計していると推察される。(中略)欧米では残業や賞与が少ないが、わが国では残業が常態化し、正規社員の場合は数カ月分の賞与が支給されるのが慣例である。残業や賞与が日常生活費に組み込まれており、この判断は妥当かと思われるが、欧米でも残業代やボーナスの支給がゼロではなく、その分、わが国のカイツ指標にはやや下方バイアスがあると考えられる。」と述べている。

生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中(きむ みょんじゅん)

研究領域:社会保障制度

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴

プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
       東アジア経済経営学会理事
・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)

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