1――コミュニティ賃貸の広がり
コミュニティの存在を特徴とする「コミュニティ賃貸」が注目されている1。居住者間や住民とのコミュニティが形成されることで、快適な住環境が実現されるのみならず、防災や防犯といった観点からも集合住宅において重要な意義を持つ。また、コミュニティによる主体的な活動が促されることで、賃貸住宅のオーナーにとっては管理負担の軽減という利点も期待できる。このような利点は、コミュニティ賃貸に限らず、一般の賃貸住宅においても同様である。すなわち、コミュニティの形成は、すべての賃貸住宅において望ましい要素であると言える。しかしながら、その恩恵がすべての人に等しく届くとは限らない。特に、コミュニケーションに不安を抱える人々にとって、コミュニティへの参加は必ずしも容易ではない。
本稿では、こうした背景を踏まえ、居住空間におけるコミュニティの役割と、参加に伴う障壁、さらにその克服に向けた方策について検討する。
2――コミュニティの意義
1|セーフティネットとしての可能性
人間関係の希薄化が進行する現代社会において、コミュニティは重要なセーフティネットとなりうる。たとえば、地域住民同士のつながりがあれば、災害時に避難を呼びかけ合い、病気や高齢によって生活に困難を抱える人々を支援するなどの助け合いが可能となる。行政サービスが十分に行き届かない場面においても、地域や人とのつながりによってその不足を補える場合がある。
さらに、コミュニティは実用的な支援機能にとどまらず、孤独感の軽減や承認欲求の充足といった心理的側面においても大きな意義を持つ。日常的な会話やささやかな交流が、住民の精神的安定につながる例は少なくない。
2|多様化するコミュニティの形
近年では、地域を基盤とする伝統的なコミュニティに加え、趣味や関心を軸としたオンライン上のコミュニティも増加している。SNSやチャットアプリ、ビデオ会議システムなどを活用することで、地理的に離れた人々が容易につながることが可能となっている。このように多様な形態のコミュニティが存在することは、住民にとって参加の選択肢を広げる点でも重要な意味を持つ。
3――住民参加と対人不安
筆者がかつて実施した研究において、対人不安と参加意志の関係について明らかにしている2。この研究では、まちづくり活動を対象とし、参加意志と対人不安、参加経験、およびまちづくり活動に対する意識との相関関係を分析した。活動の分類には「住民参加のはしご」の各段階を用い、各段階に相当する活動ごとに参加意志を調査している。
その結果、多くの活動において対人不安が参加意志に影響を与えていることが確認された。また、以前に活動への参加経験ある方が他の活動への参加意志を高める傾向も認められた。すなわち、対人不安が高い人ほど参加意志が低くなる一方で、段階的な参加の機会を設けることで活動に参加しやすくなることが示された。
このような結果から、住民の主体的な参加を促進するためには、最初から高い関与を求めるのではなく、段階的に関われる仕組み――すなわち「はしごを登る」ような関与の道筋を整備することが不可欠であることがわかった。賃貸住宅のコミュニティ形成においても、この考え方は同様に重要であり、コミュニティ賃貸においても住民が段階的に関与できる仕組みづくりが求められる。
4――参加のはしご
Arnsteinは参加の形式や深さによって、その活動を8段階に分類した
3。表-1に示すように、第1段階と第2段階には、住民の関与がほとんど認められない「世論操作」と「不満回避」といった非参加の状態が位置づけられる。次に、第3段階から第5段階では、「情報提供」「相談・意見聴取」「懐柔」といった、形式的な参加が該当する。そして第6段階から第8段階では、「協働」「権限委任」「住民主権」といった、実質的かつ主体的な住民参加が配置される。これを「住民参加のはしご」と呼び、上位の段階に進むにつれて、より深い住民の関与が実現されるとされる。
このモデルはもともと行政と市民との関係分析に用いられた枠組みであるが、コミュニティ賃貸における住民参加にも応用可能である。たとえば、掲示板による一方的な情報発信は「情報提供」に相当するが、そこから住民同士の対話を促し、やがてイベントの共同企画・運営へとつなげていけば、「協働」や「住民主権」に該当する段階へと進むことができる。このように、住民が自然に段階を上っていけるような仕組みを設けることで、住民の主体的な参加が促進される。
5――参加を促す仕組みづくり
1|段階的な関与の場の設計
前章で述べた「住民参加のはしご」の考え方を応用すれば、コミュニティ賃貸における住民参加を促進するには、まず、「住民参加のはしご」における「形式だけの参加」にあたるような「気軽に関われる場」を用意することが重要である。たとえば、掲示板やチャットツールによる情報共有、趣味を軸とした軽い交流イベントの開催などが挙げられる。これらは強制力を伴わず、自発的に参加できるため、対人不安を抱える住民にとっても心理的負担が少ない。
さらに、初期段階で何らかの参加経験を積んだ住民に対しては、「住民参加のはしご」における「住民主権としての参加」にあたるような「役割を持つ参加」への移行が効果的である。たとえば、清掃活動や広報の手伝いといった具体的な役割を提案することで、より積極的な関与が促される。このような段階的な仕組みが「参加のはしご」として機能することで、最終的には主体的に活動を担う住民が育成されていくことが期待される。
2|ファシリテーターの配置と支援体制
加えて、参加初期段階における支援として、コミュニティ活動を促進するファシリテーターの存在が重要となる。中立的な立場から住民の関与を促し、関係性を調整する役割を担うことで、参加への心理的ハードルを下げることが可能である。こうした専門的な支援の有無は、コミュニティの定着や継続性に大きな影響を与える。
6――おわりに
本稿では、コミュニティ賃貸を中心に、集合住宅におけるコミュニティ形成の意義と課題について検討した。コミュニティは、住環境の快適性や安全性を高めるのみならず、現代社会におけるセーフティネットとしても機能する点で重要である。
さらに、地域に根ざした伝統的なコミュニティだけでなく、オンラインを活用した多様な形態のコミュニティが存在することにより、住民が自身に合った形で関与できる機会が広がっていることも確認されている。一方で、対人不安などの理由により参加をためらう住民もおり、そのような人々にとっては、段階的な関与の仕組みが不可欠である。そこで、Arnsteinの「住民参加のはしご」理論の枠組みを用いて、参加の深まりを段階的に捉える視点が有効であることを示した。加えて、気軽に関われる場の整備や、段階的に役割を広げる設計、ファシリテーターの配置といった具体的な支援策が、住民の主体的な参加を後押しする鍵となることを述べた。これらの方策は、単に住民の自発性に頼るのではなく、制度的支援と連携することで、持続可能なコミュニティ形成へとつながる。
今後は、住民の多様性を前提とした柔軟な参加形態の整備と、長期的視点に基づく支援体制の構築が求められる。コミュニティ賃貸は、そのような社会的基盤を築く実践の場として、今後ますます重要性を増していくであろう。
1. 塩澤、誠一郎. 地域の課題に応える賃貸住宅-地域経営的観点からのコミュニティ型賃貸住宅の可能性. (2014).
2. 島田壮一郎. 都市計画における住民参加の活動における不安感情に着目したコミュニケーション支援に関する研究. 名古屋工業大学大学院博士論文 (2022).
3. Arnstein, S. R. A Ladder of Citizen Participation. Journal of the American Planning Association 35, 216–224 (1969).
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