EUがIRRD(保険再建・破綻処理指令)を最終化-業界団体は負担の軽減とルールの明確化等を要求-

2025年03月18日

(中村 亮一) 保険計理

7|破綻処理ツール
破綻処理当局が適用する破綻処理ツールとしては、以下のものが挙げられる。破綻処理当局は、これらの破綻処理ツールを個別に又は組み合わせて適用することができる。ただし、資産負債分離ツールは別の破綻処理ツールと組み合わせてのみ適用される。

(1) ソルベント・ランオフツール
破綻処理下の会社の活動を終了させ、新たな保険契約の引受け及び配当、変動報酬又は裁量的年金給付の支払を制限又は禁止することを可能にする。当該会社の清算までの破綻処理中の保険業務の秩序ある継続を確保するために、適切に訓練された有能な職員の維持を確保する。また、キャッシュフローやコストを監視し、少なくとも四半期ごとに技術的準備金の独立した保険数理上のレビューが要求される。

(2) 事業売却ツール
破綻処理下の保険会社が発行した株式又はその他の所有権証券、その資産、権利及び負債を民間の購入者に売却する。

(3) ブリッジ会社ツール
破綻処理下の保険会社により発行された株式又はその他の所有証書又はその資産、権利及び負債をブリッジ会社に譲渡する。ブリッジ会社は、(a) 公的機関(破綻処理当局又は該当する場合、保険保証制度を含む)により、全部又は一部所有されて、破綻処理当局によって管理されている、かつ (b) 破綻処理目的の達成及び破綻処理会社の売却を目的として、破綻処理会社により発行された株式又はその他の所有証書の一部又は全部、又は1つ以上の企業の資産、権利及び負債の一部若しくは全部を受領し、保有することを目的として設立されている、法人である。

(4) 資産・負債分離ツール
破綻処理下の会社又はブリッジ会社の資産、権利及び負債を、売却又は秩序ある清算を通じてその価値を最大化するために、当該ポートフォリオを管理する1つ又は複数の資産・負債管理ビークルに移転する。

(5) 評価減又は転換ツール
通常の破産手続の下で適用される債権の優先順位に従って、破綻処理当局がそのようなツールから除外されていない全ての資本商品、負債商品及びその他の適格負債をTier 1商品に評価減又は転換することができる。なお、除外される負債としては、担保付き負債、信用機関・投資会社・(再)保険会社(同じグループの一部である会社を除く)に対する満期が7日未満の特定の負債、未払給与等の特定の負債が含まれる。
8|破綻処理権限
IRRDは、破綻処理当局に対して、幅広い一般的権限や補助的権限を与えている。これには破綻処理当局が破綻処理対象会社に破綻処理ツールを適用するために必要な権限に加えて、秩序ある破綻処理を目的とする追加的な権限が含まれる。なお、保険グループについては、親会社又はグループ監督者が所在するEU加盟国の破綻処理権限が執行される。
9|資金調達の取決め
IRRDは、各加盟国に対して、株主、保険契約者、受益者、請求者又はその他の債権者への支払いを賄うために、当該加盟国で認可された(再)保険会社、並びに当該加盟国の領域内に所在する第三国企業のEU支店からの事前、事後の拠出又はその組み合わせを通じて、破綻処理当局が自由に利用できる十分な資金を確保するために、一つ以上の資金調達の取決めを設定することを求めている。
10|EIOPAや欧州委員会に対する要求
IRRDにおいては、EIOPAと欧州委員会に対して、一定の期限までに、以下のことを実施することを要求している。

(1) EIOPA
EIOPAは、破綻処理当局で構成される常設の内部委員会として、「EIOPA破綻処理委員会」を設置する。

EIOPAは、IRRDのいくつかの重要な側面と特定のトピックに関する(規制・実施)技術基準案を作成し、ガイドラインを発行することが求められる。具体的には、例えば以下の通りである8

(a) 企業を先制的な再建計画の対象とするための基準、再建計画の目的で市場シェアを決定する際に使用する方法、及び先制的な再建計画に含める情報。(b) 破綻処理計画の内容及びグループ破綻処理計画の内容。 (c) 評価に関する様々な要素(評価を行う上で独立しているとみなされる状況、破綻処理の文脈における資産及び負債の価値を評価するための方法論、様々な評価の分離、暫定評価に含める追加損失のバッファーを計算するための方法論、デリバティブから生じる負債の評価に関する方法論と原則、及び取扱いの差異の評価を実行するための方法論、を含む)、(d) 第三国の法律に準拠する金融契約に含める契約条件の内容、(e) 破綻処理カレッジ9の運用機能

また、EIOPAは、破綻処理計画及び保険会社からの協力の目的で情報を提供するための手順、内容、及び最低限の標準フォームとテンプレート、に関する実施技術基準案を作成することが求められる。
 
8 EIOPAは、以下の自身のIRRDに関するWebサイトにおいて、IRRDで求められている19の技術基準案やガイドラインの作成スケジュールを示している。
 保険回収・破綻処理指令(IRRD) - EIOPA
9 グループレベルの破綻処理当局は、任務遂行のために適切な場合には、第三国の破綻処理当局との協力及び調整を確保するために、破綻処理カレッジを設置しなければならない。
(2) 欧州委員会
欧州委員会は、EIOPAが作成する規制技術基準案や実施技術基準案に基づいて、これらの技術基準を採択することに加えて、以下のことが求められる。

・2027年1月29日までに、EIOPAと協議した後、EU域内の「保険保証制度」10に関する最低共通基準の妥当性を評価する報告書を欧州議会及び理事会に提出する。報告書は、少なくとも以下のことを含まなければならない(IRRD第98条)。
(a) 加盟国における保険保証制度の実施状況を評価する(補償レベル、対象となる保険の種類、トリガー)
(b) 加盟国における様々な保険商品の違いを十分に考慮して、保険契約の継続又は清算のために保険保証制度を利用するなどの様々な政策オプションを含む政策オプションについて議論する。
(c) EU全体で保険保証制度の最低基準を導入する必要性を評価し、適切な場合には、その導入に必要な手順の概要を説明する。
さらに、報告書には、必要に応じて立法案を添付するものとする。

・2030年1月29日までに、EIOPAと協議した後、この指令の適用に関する報告書を欧州議会及び理事会に提出する。報告書は、特に以下のことを含まなければならない(IRRD第99条)。
(a) 市場及び経済の発展に照らして、域内市場の機能及びEUにおける金融システムの強化に関して、本指令の目的が達成されたかどうか、どの程度達成されたかを評価する。
(b) 破綻処理のための資金調達に関する取決めの実施状況を評価する。
(c) 対象となる保険契約及び適格な請求者及び保険契約の水準に関する最低限の調和された定義を導入する必要性を評価し、適切な場合には、導入するために必要なステップの概要を示す。
(d) 保険会社が金融コングロマリットの一部である場合における、保険会社の監督又は破綻処理の権限を有する当局と信用機関との間の情報共有の経験を分析する。
(e) 金融コングロマリットがコングロマリット全体のための単一グループ(先制的)再建計画を策定することを認めること及び破綻処理当局が金融コングロマリット全体のための単一グループ破綻処理計画を策定することを認めることの実現可能性及び前提条件を評価する。
(f) 保険会社のための危機管理枠組みのさらなる調和のメリットを分析する。
さらに、報告書には、必要に応じて立法提案を添付するものとする。
 
10 「保険保証制度(Insurance Guarantee Scheme:IGS)」は、日本の「保険契約者保護機構」)に相当する「保険契約者保護制度(Policyholder Protection Scheme:PPS)」であり、保険会社が破綻した場合でも、破綻保険会社の保険契約の移転等(移転、合併、株式取得)における資金援助等を行うことにより、保険契約者等の保護を図ることを目的として設立されている制度
(参考)IRRD制定等に関連してのソルベンシーII指令の改正
IRRDと同時に発効しているソルベンシーIIの改正指令11では、IRRDが財務状況悪化に対処するために設計される先制的な再建計画の作成と実施を求めていることに対応して、財務状況悪化時の各国監督当局の権限について明示的に規定している。具体的には、例えば以下の通りである。

ソルベンシーII規則の下では、保険会社が財務状況の悪化を特定した場合(保険会社がSCRを上回っている場合もある)、監督当局に直ちに通知しなければならない(ソルベンシーII指令第136条)と規定されていたが、改正指令では、そのような状況において、監督当局は、財務悪化を是正するために(比例原則を条件として)「必要な措置を講じる」権限が与えられた。具体的には、会社のAMSB(管理・経営・監督機関)に対して、以下を要求することができる(ソルベンシーII指令第136a条)。

(a) IRRDに基づいて作成された先制的な再建計画を、その計画に記載されている前提と異なる状況において更新する。

(b) 先制的な再建計画に記載されている措置を講じる(上記の項目aに従って更新された場合を含む)。

(c) 先制的な再建計画を有していない場合、規制要件への不適合又は不適合の可能性のある原因を特定し、適切な措置を特定し、それらの規制要件に準拠するための措置を実施するための時間枠を提案する。

(d)変動報酬及びボーナス、自己資本証券への分配、自己資本項目の返済又は買戻しを停止又は制限する。

また、SCRやMCRの不遵守への対応を含めたこれらの措置が保険会社のソルベンシー・ポジションの悪化に対処するには効果的でない、又は不十分であると判断した場合、監督当局は、保険契約の場合の保険契約者の利益、又は再保険契約から発生する債務を保護するために(比例原則に応じて)「必要な全ての措置を講じる」権限を有する。
 
11 ソルベンシーIIの改正指令の内容については、基礎研レポート「EUにおけるソルベンシーIIのレビューを巡る動向2024-ソルベンシーIIの改正指令が最終化-」(2025.1.21)で報告した。
(参考)IRRDBRRDの比較
先に制定されたBRRD(Bank Recovery and Resolution Directive:銀行再建・破綻処理指令)は、金融の安定を確保することを目的として、破綻した銀行の管理の枠組みを提供しているが、これはIRRDのモデルとなっている。

IRRDとBRRDの比較について、EIOPAのスタッフペーパー12が公表されているが、これによると、全体的な範囲、評価、国際協力、罰則、破綻処理の目的や条件、破綻処理権限についてはわずかな違いを除いて殆ど類似しているが、破綻処理ツール(IRRDには保険固有のソルベント・ランオフツールが存在している)、再建・破綻処理のための資金調達及び制度的体制(銀行の単一破綻処理委員会(SRB)13のような中央破綻処理機関は設置されない)等で大きく異なっている。これは、保険事業の特殊性に由来する、銀行と比較した場合のシステミックリスクのレベルの違いや困難に陥った金融機関を救済するために利用できる時間の範囲の違い等を反映したものとなっている。
 
12 https://www.eiopa.europa.eu/system/files/2022-11/eiopa_staff_paper_-_a_comparison_between_irrd_and_brrd_-_2022.pdf
13 2015年1月に発足した、ユーロ圏の銀行破綻処理を担う公的機関で、「単一破綻処理メカニズム(Single Resolution Mechanism:SRM)」(ユーロ圏の銀行が倒産等の危機に陥った際に迅速な意思決定と破綻処理を行うことで、他のユーロ圏の国々への伝播を防ぎ、域内の金融への悪影響を最小圏に抑える仕組み)において中心的役割を担っている。SRMの資金源は、銀行による拠出金で積み立てられる「単一破綻処理基金(SRF)」となっている。
SRMは、「単一監督メカニズム(SSM)」、「預金保険制度(DGS)」と並ぶ、銀行の監督・規制を一元化する枠組みである「銀行同盟」の3本の柱の1つである。銀行同盟には(従って、SRF等にも)ユーロ圏以外のEU加盟国も参加できる。
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