昨今、一部の銀行において、貸金庫からの金品の不正持ち出しが報道されている。そもそも貸金庫契約とはいかなるものか、実務はどうかということを最高裁判決平成11年11月29日
1に基づいて考えてみたい。
まず、銀行の本業は預金を受け入れて各事業主体に融資することと、送金等の為替業務を行うことである(銀行法2条2項)。ここで預金の受け入れとは、法的には消費寄託(民法666条)と解されている。具体的には銀行は金銭を受け入れるが、これを銀行の必要に従って消費(多くの場合は貸付け)することができる。そして、預金者の請求があれば同種同量(+利息)の金銭を払い戻さなければならないというものである。したがって、特定顧客の口座から行員がシステムを不正操作して現金を払い戻したとしても、それは銀行システム(帳簿)上のものに過ぎず、銀行は同種同量の金銭を払い戻さなければならない。いずれにせよ返還対象は金銭に限定されるため、問題にはならない。
他方、貸金庫契約であるが、銀行法10条2項10号で銀行に認められている「有価証券、貴金属その他の物品の保護預り」に該当する。民事的な性質としては貸金庫の場所の賃貸借契約(民法601条)である
2。実務上、顧客は賃借した貸金庫に、内容を銀行に知らせずに自分の金品等を預け入れる。金品等の所有権は顧客に残存することから、預金とは異なり、銀行は消費することができない(そもそも内容物を銀行は知らない)。そうすると、行員が何らかの手段で金品等を貸金庫から窃取した場合には、顧客は所有権に基づいて同一物の返還を、窃取した行員に対して求めることになる。
貸金庫に収めるものは金銭に限らず、有価証券、貴金属あるいは大切な写真などが保管されることがあり、これらが行員によって処分されると現物の返還が不可能となる。ところで、銀行には使用者責任(民法715条)があるので、損害額を銀行が賠償する必要がある。しかし、有価証券の価値をどの時点を基準に評価するのかとか、思い出の写真の価値は金銭に換算できるのかなどの問題が生ずる。さらに顧客が主張する金品等が保管されていたかどうかを銀行が確かめる手段もない。銀行が顧客に対して損害賠償をするにあたってはさまざまな困難が伴う。
さて、貸金庫運営の実務であるが、伝統的には銀行の保管するマスターキーと顧客の保管する鍵(正鍵)の二つで貸金庫を解錠するものである。顧客保管の鍵(正鍵)には、予備として副鍵を作成し、銀行で保管する。この際、副鍵は顧客が所定の封筒に入れ、顧客届出印で封印する。封印された副鍵の入った封筒をどのように開け、そして副鍵を戻したかは報道では必ずしも明らかではないが、複数の銀行で事件が発生しており、それほど厳重なものではなかったと推察される。
副鍵が顧客意思と無関係に使われるケースとしては、たとえば「店舗の火災、格納品の異変等緊急を要するとき」などが挙げられている(三菱UFJ貸金庫規定14条)。したがって、副鍵をたとえば本店一括保管するのも緊急時の迅速な対応が困難になるため、難しいと考えられる。
上述の最高裁判決には補足意見があり、そこでは銀行からその都度カードの発行を受け、カードで貸金庫室の扉を開け、正鍵のみで解錠するものや、これに加え、あらかじめ暗証番号を届け出ておくような実務が紹介されている。副鍵を支店内で保管するよりは、安全度が高い(三菱UFJ金庫規定にもこのような取扱いの記述がある)と思われる。また、緊急時において一斉に解錠できるようなシステムを組み込み、本店からの解錠操作だけを可能にするなどの取扱いとできるのであれば、緊急対応にも支障がなくなると思われる。
旧来の設備しかない支店では、取り扱いの変更が難しいかもしれない。しかし、副鍵の現物保管から、より安全な管理方法への移行を進めることが望ましい。