タイパ時代の「脱タイパ」消費とは-「消費に失敗したくない」Z世代

2025年02月17日

(廣瀬 涼) 消費者行動

5――「損」をしたくない

関西学院大学・鈴木謙介ゼミの同調査では、Z世代の消費におけるリスクや失敗に関しても聞いているが、リスクに関する問いを見てみると、「購入前に、その商品が自分に合わなかった場合のリスクを考慮する」は、53.2%で半数を超えている。

失敗に関する問いを見ると、「購入後に安い価格で同じ商品を見つけたら、失敗したと思う」は62.5%、「事前に調べた情報で期待していたほどの商品ではなかった」は52.2%、「購入後に、より自分に合っていそうな別の選択肢を見つけた」は51.0%となっている。また、面白いのが、「周囲の友人にSNS等で商品を共有したら、予想よりも反応が悪かった」が29.3%と、3割近くが他人からの評価が、消費が失敗だったと判断する要因になっていると回答しているのだ。

ここまで紹介した3つのケースや各所の調査から、若者の消費に失敗したくないという心理は、従来の費用対効果に見合わないという視点に加えて、その消費を行ったことで発生する他の消費機会での損失、自分は一切関与していなくとも他人が得をしている状態など、消費によって生まれる負の影響により左右されており、この「損(マイナス)」を回避する事が消費を決定づける大きな要因になっていると考える。

6――脱タイパの背景

6――脱タイパの背景

そこまで消費に失敗することを避けようとするのには3つの理由が挙げられる。まず、所得の問題だ。東京私大教連「2021年度私立大学新入生の家計負担調査12」の「月平均仕送り額から家賃を除いた生活費」を見ると、1990年73,800円だった仕送りは、2021年の調査では19,500円と激減しており、一日当たり650円の計算だ。「令和2年度学生生活調査報告」によれば大学生のアルバイト収入は1カ月あたり平均約30,000円であり、アルバイトをしている者でも仕送りの平均と合わせても5万円前後という水準だ。この金額から生活費を捻出し、自分の趣味などにも消費しなくてはならないのは容易ではないだろう。

一方で、2020年8月13日にオンラインで開催された"Intel Architecture Day 2020"で公開された「人類が生み出すデジタルデータ量の推移」13をみると、2020年、世界のデジタルデータの年間生成量は50ZB(ゼダバイト)を超え、2025年には175ZBに到達すると予想されている。我々の馴染み深いGB(ギガバイト)で換算すると1ZB=1兆GBとなり175ZBが途方もない数字であることがわかる。当然、日々のエンタメから最新スイーツも含めて昔に比べて圧倒的に情報量が増えていることになるが、それは興味を持つモノ(消費したいモノ)が必然的に増えるということを意味しており、使えるお金は有限なのに消費したいモノが溢れている状態になってしまっているのである。自由に使えるお金が限られているという事は、無駄な支出をしたくないという事でもある。また、SNSなど情報ソースとして参照できるものも多く、豊富な情報収集が可能ということは、調べれば何かしらの答えがすぐわかる時代であるともいえる。今やYouTubeのコメント欄などはそのような他人にとっての答えになるような情報で溢れている。さらに、プレゼントの評価にしても、自分の消費したモノの評価にしても、周りがその良し悪しを判断する機会も多く、周りの目を気にするという事は、消費結果を否定されたくない、という意識に繋がることになる。

つまり、「無駄な支出をしたくない」は「支出先を間違えたくない」、「調べれば答えがすぐわかる時代」は「選択(答え)を間違えたくない」、「消費結果を否定されたくない」は「間違っていると思われたくない」と言えるのではないだろうか。消費に失敗したくないということは、「消費を間違えたくない14」という事でもあるのだ。
情報の波が切れない中では、興味をひかれる(消費したい)対象に次々と遭遇してしまうが、時間やお金が有限であるため全部を消費することはできない。しかも、「リキッド消費15」と呼ばれるように、情報の旬やトレンドが移り変わるスピードは目まぐるしく、消費者自身の興味も流動する中で、興味を維持し続けられるモノ、実際に消費行動に移されるものは少ない。リソースに限界があるということになるとますます消費に失敗できない、という意識が強くなるため、SNSに投稿されている他人の消費レビューを参照するという行動が促されていく。他人のレビューは他人の消費結果=他人の消費体験の疑似体験につながり、その疑似体験を通して、自分がわざわざ消費をする必要があるか判断していると言えるだろう。
 
12 http://tfpu.or.jp/wp-content/uploads/2022/04/2021kakeifutan20220406.pdf
13 https://eetimes.itmedia.co.jp/ee/articles/2102/16/news047_2.html
14 SHIBUYA109 lab.所長の長田麻衣も若者消費を表す4つのキーワードの1つとして、「間違えたくない消費」を挙げている。ちなみに4つとして(1)体験消費・参加型消費、(2)間違えたくない消費、(3)メリハリ消費、(4)応援消費・親近感消費を挙げている。https://webtan.impress.co.jp/e/2021/09/09/41056
15 久保田進彦(2019)「消費環境の変化とリキッド消費の広がり― デジタル社会におけるブランド戦略にむけた基盤的検討」に準拠するのならば、リキッド消費は(1)短命性:価値が文脈特定的となり寿命が短くなる、(2)アクセス・ベース:所有権の移転が生じない取引によって構成される商品・サービスが増える、(3)脱物質的:同じ水準の機能・効能を得るために、物質をより少なく(あるいはまったく)使用しなくなる傾向が見られる、の3つの性質から定義される。リキッドが流動性という意味を擁しており、情報の多さが我々の消費対象に対する興味の移り変わりの速さや、サブスクやデジタルデータへのアクセス(消費)が所有を必ずしも必要とさせなくなったことで、軽やかなライフスタイルを享受できたり、コスパ良く商品やサービスの機能・効能を受容できるようになったことを指している。

7――「わざわざ」が意味する事

7――「わざわざ」が意味する事

コーラの中にチューイングキャンディのメントス数粒を一度に投入すると、泡が一気に吹き上がる現象を「メントスガイザー現象」という。聞いたことがある方もいらっしゃると思うが、実際にこれを行った人はそんなにいないと思う。それは「わざわざ」やるまでもなく、結果を知っているからだ。新型コロナウイルスが流行して世界中でステイホームが強いられた際、家でできる娯楽として様々なSNSでこのメントスコーラが投稿され、メントスコーラがタイムラインやリコメンドに溢れている時期があった。多くの有名YouTuberも同じような投稿をしており、コーラにメントスを入れると噴き出るという事実は、周知なモノとして認識されていったが、これは結果を見ることによって疑似体験をしていたと言えるだろう。我々は、この例のように日常生活において他人の消費結果を参照したとき、わざわざ自分が体験する必要があるのか、購入する必要があるのかを無意識下で見定め、消費を行っているのだ。

他人の消費結果を参照し、「わざわざ」自分が消費する必要があるか検討する上で、消費者は(1)価値、(2)動機、(3)比較、(4)効用の高次化、(5)正しく消費、の5つの要素を検討していると筆者は考えている。まず、(1)価値とは、ここまでの説明でも触れたように、どのような消費結果が待ち受けているかを認識したうえで、わざわざ自分がお金や時間を消費してまでも経験すべきかという必要性を検討することである。

(2)動機とは、シンプルに消費欲求を充足したいと思うことであって、消費結果を知ったからこそ喚起されたものである16

(3)比較とは、手間や費用を要する消費を検討する際の費用対効果や、その消費を行わなかったことで行える消費の検討である。限られた予算の中で「Aはやってみたいけど、Bはわざわざ自分がやるほどのことでもないな」「AをやるとBができなくなるがそれでいいのだろうか」、と消費のプライオリティを天秤にかけることであり、極めて日常的なことである17

(4)効用の高次化とは、実際に消費する際は、他人の消費結果を参照した上で、もしくは情報を収集した上で消費を行うことでよりお得に、より効果的に消費、しようとするモチベーションである18

(5)正しく消費とは、他人の消費の失敗を顧みて間違いのないように消費をすることである。身長170㎝でMサイズのズボンを買ったら丈が短かった、というレビューがあったとしたら、170cmの自分がわざわざ同じ商品を買うのにMサイズを選択して失敗する必要はないだろう。

他人の消費を踏まえて消費をすることは正しい(間違いのない)消費をする上での指標となるのと同時に、積極的に消費をしない理由を検討することにも繋がっているのである。
 
16 消費結果を知っている上で、それでも尚わざわざ消費をしたいと思うのは、その消費を行う上での動機が存在するからだろう。例えば有形物ならば単純に欲しいから、食べたいからと、消費欲求を充足することそのものが目的(動機)と言えるだろうし、上記したメントスコーラで言えば、実際に見てみたい、子どもにやってあげたい、という事もわざわざ消費=再現 する目的になるだろうし、たまたま手元に2つそろっているからということも動機になり得るだろう。
17 「わざわざ」は、興味対象に対する自身の能動性(興味度合い)を自分自身に問いかける行為でもあり、その興味対象に対するスタンスが明確化するため、積極的に自分に消費を諦めさせる要素となりうると筆者は考える。
18 わざわざ他人と同じ消費をするのだから、情報取得によって回避できる損を回避したり、より高い水準で消費を行い、効用を高次化させようとする意識になると考えられる。

8――さいごに

8――さいごに

時間の短縮化という意味では、時間を極力かけないタイパ志向の方が合理的であると思われるが、Z世代にとってはどれだけ時間がかかったとしても情報を収集する事で、消費に失敗するリスクを下げる事が効率的であると評価する層がいることを本レポートを通じて確認した。時間が短ければ短いほどいいと思われるタイパだが、時間(タイム)のパフォーマンス(成果)という側面からタイパを見るのならば、消費に失敗する事はタイパが悪いことであり、調べる事にかかる時間そのものは時間の無駄ではなく、無駄なことに消費をしてしまった場合の購買経験19=時間を無駄として評価していると言えるだろう。消費に失敗したくない、間違った消費をしたくないという意識から、入念に情報を取得し、慎重に消費を行う事は、その無駄な時間を省くことに繋がり、結果的にタイパの向上につながっているのであり、あくまでもタイパに対する評価は主観なのである。実際にSHIBUYA109 lab.が行った「Z世代の時間の使い方に関する意識調査」20の時間を効率的に使うためにやっていることという項目を見てみると、21.3%が、「失敗しないように念入りに情報収集した上で買い物」と回答している。このようないわば「脱タイパ」志向は、限られた元手(お金・時間・機会)の中でQ.O.C(= Quality of Consumption)21を向上させる事が目的となっているのである。

しかし、これは当然と言えば当然の話なのだ。そこまで重要度が高くなく、処理するだけで済む情報ならばそこまで時間はかけないし、それこそ家や車などを購入する際は調べすぎるに越したことはない。タイパ時代だからと必ずしも何でもかんでも時間の効率化が求められている訳でなく、自分にとってプライオリティが高ければ自然に多くの時間をかけている。ただ、Z世代にとっては、そのようなプライオリティの高さを生み出す要因が、他世代に比べ極めて強い「消費に失敗したくない」という意識なのである。
 
19 購買行動に使ったお金や時間・後悔に使う時間
20 SHIBUYA109 lab.「Z世代の時間の使い方に関する意識調査」2024/09/25 https://shibuya109lab.jp/article/240925.html
21 「消費の質」の事

生活研究部   研究員

廣瀬 涼(ひろせ りょう)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費文化論、若者マーケティング、サブカルチャー

経歴

【経歴】
2019年 大学院博士課程を経て、
     ニッセイ基礎研究所入社

・公益社団法人日本マーケティング協会 第17回マーケティング大賞 選考委員
・令和6年度 東京都生活文化スポーツ局都民安全推進部若年支援課広報関連審査委員

【加入団体等】
・経済社会学会
・コンテンツ文化史学会
・余暇ツーリズム学会
・コンテンツ教育学会
・総合観光学会

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