堺屋は『三度目の日本』の中で、日本の近代史を三つの時代に分類し、それぞれの転換点を「敗戦」と表現した。「敗戦」とは、単なる戦争の敗北ではなく、社会全体の価値観や行動様式が劇的に変わることを意味している。
彼が定義する「一度目の日本」は、明治維新から第二次大戦の敗戦までの時代を指し、江戸時代の「天下泰平」という安定志向から、「勇気と進取」による富国強兵を伴う近代化へと価値観が転換した時期である。
「二度目の日本」は、第二次世界大戦後の占領期と高度経済成長期にあたる。戦争の敗北によって軍国主義が否定され、価値観は「国家の強さ」から「物質的な豊かさ」へとシフトした。大量生産・大量消費社会が形成され、経済発展が国民の幸福と直結する時代となった。
そして、「三度目の日本」は、21世紀の日本が転換の過程にある中で、これから形成される新たな社会像として描かれている。バブル崩壊後の低成長や少子高齢化、第四次産業革命といった要因が、従来の「経済成長=豊かさ」という価値観を揺るがしつつある
2。堺屋は、「三度目の日本」では「創造性」や「多様な生き方」がより重視されるとし、従来の「経済成長=豊かさ」という価値観が相対化されると予測した。執筆時点ではまだ「二度目の日本」の末期であり、「三度目の日本」はこれから到来するものとして描かれている。
• 一度目の日本:「強い日本」(幕末・明治維新~第二次世界大戦)
〇黒船来航による「第一の敗戦」を経て、江戸時代の価値観が覆され、明治維新による中央集権化のもと、殖産興業を推進し、国力を高めることで富国強兵を実現した。明治期に殖産興業が進められ、日清・日露戦争を経て、国家の軍備強化と国際的地位の向上が進んだ時代。
• 二度目の日本:「豊かな日本」(戦後復興~高度経済成長)
〇第二次世界大戦の敗戦後、「第二の敗戦」を迎え、戦後は「豊かな日本」を目指して規格大量生産の社会を構築し、経済大国となった。しかし、バブル崩壊後、そのモデルも行き詰まりを見せた。
• 三度目の日本:「楽しい日本」(2020年代~)
〇堺屋は、2020年の東京オリンピック・パラリンピックを契機に、「第三の敗戦」が決定的になるだろうと予測し、その後の日本を「楽しい日本」と定義。多様な価値観を尊重し、一人ひとりが創造性を発揮できる社会を目指す
3。
堺屋は、戦後の高度経済成長を支えた官主導の経済、教育、産業政策、社会制度などあらゆる分野での統制が変化を迫られる中、これからは個人が創造性を発揮し、主体的に社会を構築できる仕組みが必要だと主張した。
2 堺屋のいう第四次産業革命とは、「多様性と大量性を両立させる産業革命(前掲書P.20)、「分かりやすく言えばロボットとドローン、自動運転、そしてビッグデータによる変化」(同P.182)。
3 東京オリンピック・パラリンピックは、新型コロナウイルスの世界的流行により延期され、2021年に開催された。堺屋の著書の刊行は2019年で、まだパンデミックは発生していなかった。