訪日外国人消費の動向(2024年7-9月期)-9月時点で2023年超えの5.8兆円、2024年は8兆円も視野

2024年10月30日

(久我 尚子) ライフデザイン

4――訪日外国人旅行消費額の内訳~円安による割安感と中国人観光客の回復傾向で買い物代が3割へ

1全体の状況~円安と中国人観光客の回復でモノ消費3割、消費額増にはサービス消費の促進が鍵
次に訪日外国人旅行消費額の内訳について見ると、中国人の「爆買い」が流行語となった2015年4頃は「買い物代」の割合が約4割を超えて高くなっていた(図表7)。しかし、その後コロナ禍前までの間は、中国政府による関税引き上げや、サービス消費志向の高い欧米からの訪日客の増加に伴い、「買い物代」の割合は低下し、「宿泊費」や「飲食費」、「娯楽等サービス費」の割合が高まる傾向にあった(図表7)。
さらに、5類引き下げ以降、インバウンドが再開して当初は、訪日中国人観光客の回復が遅れ、欧米からの訪日客が増加したことで「買い物代」の割合は約4分の1まで低下した。しかし、円安による割安感が高まるとともに、訪日中国人観光客の回復が進み、「買い物代」の割合は再び上昇し、2024年4-6月期には30.9%となり、3割を超えた。直近の2024年7-9月期ではやや低下し、28.9%となったものの、約3割を維持している。

以上のように、足元では再びインバウンド消費においてもモノを買う志向が高まっているものの、大きな傾向としては、国内の日本人の個人消費と同様に、インバウンド消費もモノの購入よりもサービス(体験)を楽しむ志向へとシフトしている。また、2018年に「娯楽サービス費」に温泉やリラクゼーション、医療施設の利用などが追加されたように、政府はインバウンドによるサービス消費の需要拡大を目指している。

なお、インバウンド消費額が世界最大である米国(2022年に1,369億米ドルで首位:国土交通省「観光白書(令和6年版」)では、2023年の「娯楽等サービス費」は13.5%を占めて体験消費が多い傾向がある(図表8)。一方、日本では5.1%と3分の1程度にとどまり、要因としては特にナイトタイムエコノミー(夜間消費)に関連するサービスの少なさが指摘されている5。また、夜間消費は1人当たり消費額のさらなる拡大を考える上で、一定の成長余地があるだろう。
 
4 「爆買い」は2015年のユーキャン新語・流行語大賞における年間大賞。
5 久我尚子「インバウンドで考えるナイトタイムエコノミー-日本独自の夜間コンテンツと街づくりの必要性?」、ニッセイ基礎研究所、研究員の眼(2024/7/24)や観光庁「ナイトタイムエコノミー推進に向けたナレッジ集」など。
2訪日中国人観光客の状況~「爆買い」期ほどではないが「買い物代」が4割、モノ消費が旺盛な傾向
ここで、改めてインバウンド消費全体に大きな影響を与える訪日中国人観光客の消費内訳を見ると、コロナ禍前の2019年には「買い物代」が52.9%と過半数を占めていた(図表9)。2022年以降は調査時期によって「買い物代」の割合にばらつきが見られるが、これは中国政府による日本旅行規制の影響(日本行き海外旅行商品の販売中止措置や年収による観光ビザの発給制限など)によるものと考えられ、従来の訪日客とは異なる属性が見られる時期もあったためである。それでも、「買い物代」は4割前後で推移しており、インバウンド全体と比較するとモノを購入する志向が依然として高い様子がうかがえる。
3国籍・地域による特徴~東南アジアはモノ消費、欧米諸国はコト(サービス)消費
訪日外国人旅行消費額の内訳を国籍・地域に見ると、アジア諸国ではモノ消費が、欧米諸国ではコト消費が多い傾向が見られる(図表10)。

モノ消費の割合が最も高いのは台湾(38.6%)で、次いで中国およびフィリピン(38.2%)、ベトナム(32.8%)、香港(31.5%)、タイ(30.4%)までが3割台で全体平均を上回っている。特に、タイ以外では「買い物代」の割合が他の費目を上回って最も高くなっている。

一方、コト消費(「宿泊費」「飲食費」「交通費」「娯楽サービス費」)の割合が最も高いのはイタリア(91.4%)で、次いでドイツ(85.4%)、英国(85.2%)、スペイン(84.8%)、オーストラリア(84.3%)、フランス(82.3%)、カナダ(81.7%)、ロシア(81.0%)、米国(80.5%)といずれも8割を超えている。なお、コト消費のうち、「宿泊費」の割合はドイツ(43.4%)やイタリア(42.4%)で高く、「飲食費」は韓国(28.6%)やシンガポール(26.8%)で、「交通費」はイタリア(20.7%)やスペイン(19.8%)で、「娯楽サービス費」はロシア(10.1%)やマレーシア(9.6%)、インドネシア(8.6%)で多い傾向がある。

5――おわりに

5――おわりに~2024年は8兆円が視野に、日本ならではの体験やナイトタイムエコノミーに期待

インバウンドの勢いがますます強まる中、本稿では政府統計を用いて2024年7-9月期の消費動向を分析した。消費額は円安による割安感や国内の物価上昇の影響で、前期に続き四半期で約2兆円に達した。2024年1-9月の合計消費額は5.8兆円となり、すでに過去最高だった2023年の5.3兆円を超えている。仮に2024年10-12月期も7-9月期と同様の伸びを示せば、2024年の年間消費額は約8兆円に達する見通しである。

また、前期に引き続き、2024年7-9月期の訪日外客数の増加(2019年同期比+16.9%)と比べて、消費額の増加(同+64.8%)ははるかに大きく、1人当たりの消費額(22万3,195円)はコロナ禍前の1.4倍に増加した。特に欧米からの訪日客では、消費額が2倍近くに増えた国も多く見られた。なお、消費額の内訳は、前期同様、モノ消費(「買い物代」)が3割、サービス消費が7割を占めた。

コロナ禍前に圧倒的な存在感を示していた訪日中国人観光客の回復基調は一段と強まり、今期の外客数は再び首位に復帰し、消費額も前期に続いて首位を維持した。訪日中国人観光客の数はコロナ禍前の同期の約4分の3にとどまるが、1人当たりの消費額が増加したことで、消費額全体ではコロナ禍前を約5%上回る結果となった。なお、中国人観光客ではモノ消費が4割を占めて、全体平均を上回っていた。

観光地でのオーバーツーリズムが問題視される中で、今後インバウンド消費をさらに拡大していくためには、いかに付加価値の高いサービス(体験)を提供できるかが重要な課題である。これまでも指摘してきたように、娯楽サービス(現地ツアーやテーマパーク、舞台・音楽鑑賞、スポーツ観戦、美術館、温泉やエステ、マッサージ、医療費など)は、現時点では消費内訳の数%にとどまっているが、今後の成長が期待される分野である。特に日本においてはナイトタイムエコノミーに関連するサービスや富裕層向けの質の高いサービスが不足しており6、新たなサービス需要の開拓は、成熟しつつある日本人の消費市場の更なる発展にも寄与するだろう。

サービス業では特に人手不足が深刻だが、労働生産性には改善の余地がある。効率的な労働投入(宿泊業などの繁閑の差が激しい業種における地域全体での雇用シェアや物品の共同購入など)や業務の効率化(デジタル化、無人化など)に加え、付加価値の向上(デジタル化でサービスが同質化する中で文化芸術や地域文化の伝承などを根幹に据えたサービス提供など)が課題であることが指摘されている7

少子高齢化による労働力不足という日本の構造的な課題により、供給不足による機会損失も生じている。多方面から生産性向上を図る施策が進められることで、インバウンドのみならず、国内の個人消費の底上げも期待される。
 
6 国土交通省「ナイトタイムエコノミー推進に向けたナレッジ集」(平成31年3月)や株式会社日本総合研究所「平成30年商取引・サービスの適正化に係る事業(日本版ブロードウェイ構想に関する基盤調査)報告書」など。
7 経済産業省「サービス産業×生産性研究会」報告書(2022年3月)

生活研究部   上席研究員

久我 尚子(くが なおこ)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費者行動、心理統計、マーケティング

経歴

プロフィール
【職歴】
 2001年 株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ入社
 2007年 独立行政法人日本学術振興会特別研究員(統計科学)採用
 2010年 ニッセイ基礎研究所 生活研究部門
 2021年7月より現職

・神奈川県「神奈川なでしこブランドアドバイザリー委員会」委員(2013年~2019年)
・内閣府「統計委員会」専門委員(2013年~2015年)
・総務省「速報性のある包括的な消費関連指標の在り方に関する研究会」委員(2016~2017年)
・東京都「東京都監理団体経営目標評価制度に係る評価委員会」委員(2017年~2021年)
・東京都「東京都立図書館協議会」委員(2019年~2023年)
・総務省「統計委員会」臨時委員(2019年~2023年)
・経済産業省「産業構造審議会」臨時委員(2022年~)
・総務省「統計委員会」委員(2023年~)

【加入団体等】
 日本マーケティング・サイエンス学会、日本消費者行動研究学会、
 生命保険経営学会、日本行動計量学会、Psychometric Society

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