実効性と成果が問われ始めた企業のサステナビリティ推進-稼ぐ力との両立を目指す「サステナブルマーケティング」とは

2024年10月10日

(小口 裕) 消費者行動

1――はじめに~サステナビリティ推進も実効性と成果が問われるタイミングに

欧州連合(EU)の気候監視ネットワークの発表によれば、2024年7月の世界の平均気温は、2023年に次いで観測史上2番目の高さを記録した1。「地球沸騰化の時代」(2023年、グテーレス国連事務総長の発言)という表現が示すように、気候変動対策など「持続可能性(サステナビリティ)」を意識した取り組みが一層求められている。特に、下半期には生物多様性条約締結国会議(COP16)、国連気候変動枠組条約会議(COP29)などの国際会議を控えており、引き続きサステナビリティに関連する話題が多くなると予想される。国内でも「伊藤レポート3.0」(SX版伊藤レポート)が公表されて以降、サステナブル投資残高も500兆円を超えているが2(図表1)、その伸びも徐々に落ち着きつつあり、今後は、いよいよ実効性あるアクションと成果が求められる段階に入ったとも言えるのではないだろうか。

そこで、本稿では、企業がサステナビリティ活動の実効性を高めていく上でどのような方向性を取るべきか、その理論的アプローチの一つとして注目されている「サステナブルマーケティング」に焦点を当て、アプローチとしての特徴と一般的なマーケティング理論との違いを踏まえ、消費者生活意識に関する調査データを傍証としながら、その可能性について論じていきたい。
 
1 欧州連合(EU)気候監視ネットワークのコペルニクス気候変動サービス(C3S)情報(2024年8月5日公表)より
2 日本サステナブル投資フォーラム(JSIF)が実施した「わが国のサステナブル投資残高アンケート調査」(2023年は61の機関投資家が回答)に基づき、2機関の公開情報を加味して同フォーラムが集計したもの。なお。サステナブル投資とは、持続可能性に着目した投資を指す。環境(E)や社会(S)の課題に対する企業の取り組みや企業の経営体制(G)などの評価を考慮して投資先を選定するESG投資とほぼ同義とされる。

2――社会と企業のサステナビリティの同期化とは

2――社会と企業のサステナビリティの同期化とは~ポイントは「稼ぐ力」をどう高めるか

「伊藤レポート3.0」(SX版伊藤レポート)の主な論点の一つは、社会のサステナビリティと企業のサステナビリティを「同期」させる重要性の指摘であろう。具体的には、企業が社会の持続可能性に資する価値をステークホルダーに提供し、自社の長期的な成長原資を稼ぐ力を高めていくことである。しかし、レポートでも「何にどのように取り組めばよいか、企業に迷いが生じることもある」と指摘されている通り、企業経営、特に事業部門にとっては、その具体的な実践方法が課題となることが多い。その指針の一つとなる「価値協創ガイダンス2.0」(SX実現に向けた経営の強化、効果的な情報開示や建設的な対話を行うためのフレームワーク)では、ビジネスモデル(2,2章)やブランド・顧客基盤構築(3.7.2章)が、それぞれ「稼ぐ力を評価する上で最も重要な見取り図」「重要な戦略投資」とされている。今後は、これらのポイントをより一層強化していくことで、価格決定力やバリューチェーンにおける影響力を高め、それらを利益率に反映していくような「マーケティング」活動が、稼ぐ力の要として期待されていると考えることもできるだろう。

3――サステナブルマーケティングとは

3――サステナブルマーケティングとは~環境・社会・経済それぞれの持続可能性を両立する

それでは、企業経営、特に事業部門ではどのようなマーケティング活動が求められるのだろうか。その手掛かりとなるのが「サステナブルマーケティング3」(持続可能な社会志向:Sustainable Marketing Orientation、以下「SMO」)というアプローチである。SMOは「消費行動、ビジネス実践、市場を通じて価値を生み出す提供物の戦略的な創造、コミュニケーション、提供、交換であり、環境への害を低減し、倫理的かつ公平に、現在および将来の消費者および世界中のステークホルダーの生活の質(QOL)と幸福を向上させることを目的とした活動」と定義される3 (図表2)。
その最大の特徴は、短期的な利益だけでなく、長期的な視点で消費者やステークホルダーのQOL向上を目指している点にある。

従来のマーケティング活動は、特定の消費者セグメントや企業の利益に焦点を当てることが多かったが、その過程で短期的な満足や利益追求が優先されるあまり、長期的な社会全体の影響や持続可能性が見過ごされるリスクがあった。

たとえば、低価格戦略によって短期的には企業に利益をもたらし、消費者の生活の質が向上しても、その背後で環境破壊や社会的不平等が進行する可能性があった。このような批判を踏まえ、SMOには、よりマクロの観点からこれらの弊害を抑制しようとする姿勢が含まれている。

また、SMOは消費者との接点に限らず、企業内部の製造・生産・営業といったサプライチェーン全体に焦点を当てたアプローチでもある。そして「環境への害を低減」「倫理的かつ公平に」といった点においては、単に消費者の需要を刺激するだけでなく、生産に必要な資源の使用効率を高め、廃棄物を削減し、カーボンフットプリントを小さくすることが具体的に求められる。
 
3 出典 Lunde, M. B. (2018). Sustainability in marketing: A systematic review unifying 20 years of theoretical and substantive contributions (1997–2016). Journal of Macro marketing, 38(3), 223–238.

4――サステナビリティは戦略投資となりえるのか

4――サステナビリティは戦略投資となりえるのか~消費者の意識に応えて、稼ぐ力に転化する

サステナビリティ活動の推進は企業にとって戦略投資となりえるだろうか。この問いについては、ESG投資の財務的インパクトに関する研究など、既に幅広い分野でこれらを前向きに評価する研究と知見が蓄積されつつある。また、消費者の視点からは、企業の社会貢献活動がイメージに良い影響を与えることを示した道徳的ハロー効果(Moral Halo Effect)4等の消費者研究もあり、かつての、製品の環境属性が消費者からネガティブに捉えられるといった指摘が散見されていた時代と異なり、ようやくサステナブルマーケティングを実践する環境が醸成されつつあるともいえるだろう。
それを示す具体的な消費者調査結果を見てみたい。消費者庁が令和4年・5年に実施した消費者生活意識調査5によると、「エシカル消費6につながる商品を、通常の商品よりどの程度まで割高なものについて購入した経験がありますか。(購入経験)」(図表3)、「あなたは、エシカル消費につながる商品・サービスを、今後購入したいと思いますか。(購入意向)」(図表4)というカテゴリー別の設問に対して、購入経験では「電力」(令和5年10.3% 令和4年8.3% +2pt)や「自動車」(同12.3% 同10.6% +1.7pt)、「生活用品」(同11.8% 同10.8% +1pt)等でそれぞれスコアが増加、購入意向でも同様に増加している。
エシカル消費において、購入意向と経験の間にまだまだ差があることが伺える結果でもあるが、注目すべきは10%以上の価格の上昇を許容する層が、令和5年の購入経験では10.3%(電力)から15.4%(食料品)、購入意向では17.2%(電力)から20.9%(食料品)と、決して小さくはない割合で着実に分布している点であろう。

特に、購入経験においては「生活用品」「自動車」「電力」の3つのカテゴリーで、この1年間で有意に増加している(p<0.05)。これは、見方によっては、エシカル消費に対する消費者の行動変容の水準が高まっていることを示していると解釈することもできるだろう。

これを言い換えれば、電力や自動車といった長期的な視点が求められるカテゴリーでは、環境負荷の低減が将来的な節約に繋がるという認識があり、結果的にエシカルな選択行動が促進されている様にも見える。この動向は、SMOの観点から見れば、社会に配慮したバリューチェーンを通じて生み出された商品の価値が消費者に受容されて価格プレミアム7を生み、稼ぐ力に転化しうる市場機会とも言えるのではないか。

一方で、食料品や衣料品といった日用品の分野では、昨今のインフレによる価格上昇により、追加支出を伴うエシカルな選択が困難な状況が続いている可能性がある。この点については、価格弾力性や消費者の所得弾力性といった特性を踏まえ、需要の変動を注意深く分析する必要がある。

このように、消費者が環境や社会への配慮を重要視するようになったことは、企業にとっても競争優位性を高める要因となり得る。このトレンドは、今後ますます強まり、持続可能なビジネスモデルと社会のサステナビリティを追求する企業にとって大きな機会となるのではないだろうか。
 
4 道徳的ハロー効果とは、人や組織が道徳的に良い行動を示すことで、それ以外の面でも良く評価される心理効果を指す。
5 消費者庁「消費者生活意識調査」、調査対象は全国の 15 歳以上の男女。手法はインターネットによるアンケート調査。集計対象は、「購入経験」:令和5年(n=3123)、同4年(n=3152)、「購入意向」:令和5年(n=2914)、同4年(n=2964)。
6 エシカル消費とは、人・社会・地域・環境に配慮した消費行動のことを指す。
7 ここで言う価格プレミアムが10%以上のケースとは「エシカル消費につながる商品を、通常の商品よりどの程度まで割高なものについて購入した経験がありますか。」という設問に対する4つの選択肢「0%」「0%より高いが10%未満」「10%以上~30%未満」「30%以上」回答のうち、10%以上の2つの選択肢の合算値(%)を指す。

生活研究部   准主任研究員

小口 裕(おぐち ゆたか)

研究領域:暮らし

研究・専門分野
消費者行動(特に、エシカル消費、サステナブル・マーケティング)、地方創生(地方創生SDGsと持続可能な地域づくり)

経歴

【経歴】
1997年~ 商社・電機・コンサルティング会社において電力・エネルギー事業、地方自治体の中心市街地活性化・商業まちづくり・観光振興事業に従事

2008年 株式会社日本リサーチセンター
2019年 株式会社プラグ
2024年7月~現在 ニッセイ基礎研究所

2022年~現在 多摩美術大学 非常勤講師(消費者行動論)
2021年~2024年 日経クロストレンド/日経デザイン アドバイザリーボード
2007年~2008年(一社)中小企業診断協会 東京支部三多摩支会理事
2007年~2008年 経済産業省 中心市街地活性化委員会 専門委員

【加入団体等】
 ・日本行動計量学会 会員
 ・日本マーケティング学会 会員
 ・生活経済学会 准会員

【学術研究実績】
「新しい社会サービスシステムの社会受容性評価手法の提案」(2024年 日本行動計量学会*)
「何がAIの社会受容性を決めるのか」(2023年 人工知能学会*)
「日本・米・欧州・中国のデータ市場ビジネスの動向」(2018年 電子情報通信学会*)
「企業間でのマーケティングデータによる共創的価値創出に向けた課題分析」(2018年 人工知能学会*)
「Webコミュニケーションによる消費者⾏動の理解」(2017年 日本マーケティング・サイエンス学会*)
「企業の社会貢献に対する消費者の認知構造に関する研究 」(2006年 日本消費者行動研究学会*)

*共同研究者・共同研究機関との共著

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