586号文(2020年)では、インフラ公募REITの申請・発行において、今後3年間の年間純キャッシュフローの配当率が4%以上であることが義務付けられていたが、236号文(2023年)では、内部收益率(IRR)は5%以上、今後3年間の年間純キャッシュフローの配当率は3.8%以上と修正された。しかし、今回の1014号文では、インフラ公募REITのキャッシュフローの配当率や内部収益率に対する統一規定が廃止された。この変更により、投資家は、自らの責任で投資価値を適切に評価した上で、投資決定を行うことが求められるようになった。
958号文(2021年)では、初めて発行されるインフラ公募REITについては、当期の対象不動産評価額が原則として10億元以上という要件があったが、1014号文では、賃貸住宅と養老施設については、8億元以上と基準値が緩和された。また、958号文(2021年)では、REITの純収益(関連債務の返済、税金の支払い、戦略配分に基づき初期の所持分
11に使用された資金を差し引いた後の純収益)の90%以上は、建設中のプロジェクトまたは事業計画、着工認可等の準備が整った新規プロジェクト(新築や増改築を含む)に使用すべきと規定されていたが、236号文(2023年)では、純収益の30%以下を既存施設の改修やアップグレード、用途変更等の再利用や証券化手法による活用などに使用できるようになり、10%以下を上場インフラプロジェクトにおいて小株主が退出する際の払い戻し資金やオリジネーターの内部留保とすることが認められた。
そして1014号文では、さらにオリジネーターの内部留保の割合が15%まで緩和された。ただし、内部留保には、2年以内に原則として75%以上、3年以内に全額を活用しなければならないと規定されている。また、純収益を他の住宅開発プロジェクトに使用することは間接的であっても禁止されている。この規定緩和により、収益の分配と利用において、オリジネーターの裁量権は拡大することとなったが、REITの純収益や内部留保の使途によって配当への影響が生じることや、オリジネーターの裁量が増した分だけ投資家にとってはリスク判断が難しくなる可能性が出てきた。
不動産開発事業者は通常、建設と販売のサイクルを通じて資金を迅速に回転させる必要がある。しかし、2021年以降、中国の不動産市場は前例のない不景気に見舞われ、不動産投資総額及び不動産販売額がともに減少傾向にあり、一部の不動産開発事業者の債務危機が深刻化する問題も発生している。今回の1014号文によるREIT収益の用途緩和により、オリジネーターである不動産開発事業者は自社及び市場の状況に応じて資金を柔軟に使用できるようになり、自社のキャッシュフローを改善できるようになった。これにより、不動産開発事業者の健全な経営が促進され、不動産市場の安定化も期待される。この緩和策は、低迷する不動産市場を再生し、経済全体の安定と成長を目指す取り組みの一環といえよう。
一方で、オリジネーターが規定緩和により、内部留保を自己の利益や不正な目的に使用されないか、より監視を強める必要がある。この問題に対処するため、中央紀律検査委員会と国家監察委員会は、インフラ公募REITの審査過程の監視及び全体のリスク管理を強化するように督促している
12。また、2024年8月6日には、国家発展改革委員会は「インフラ領域における不動産投資信託基金(REITs)プロジェクト申請書類テンプレート(2024年版)」を公開し、新規インフラREITの上場を申請する際には、REIT収益を利用して投資予定の新規プロジェクト及び取得予定の既存施設の状況や詳細について記載すること
13を求めた。しかし、オリジネーターの準備金や内部留保に関する情報開示は明示的に求められておらず、投資家からみた透明性確保にはまだ課題が残る。
なお、インフラ公募REITの申請手続きを簡素化し、前段階の行政からの指導を廃止して、申請先を中央政府レベルから地方政府レベルの発展改革委員会に変更し、申請後、10営業日以内に処理することが求められることとなった。これにより、今後、中国インフラ公募REITの条件や手続きの迅速化が期待される。
2024年7月末時点において、中国では39銘柄のインフラ公募REITが上場しており、その時価総額は約1,126億元(約2.3兆円)
14に達している。1014号文の施行等により、インフラ公募REITの対象範囲が拡大、上場要件が緩和され、手続きの簡素化や期限の要件が明確化されたことにより、オリジネーターにとっては望ましい制度環境が整いつつある。今後の市場の活性化に向けては、更なる情報開示による透明性の確保などを通じて、オリジネーターと投資家との対話の促進を進めることが重要課題と考えられる。