右傾化した欧州議会-極右伸長の政策への影響は限定的だが

2024年07月31日

(伊藤 さゆり) 欧州経済

「右傾化」した欧州議会、極右新会派が第3勢力に

6月6~9日に実施された選挙の結果、欧州議会では中道右派から極右までの右派勢力が全議席に占める割合が拡大、「右傾化」した。欧州議会では、加盟国の4分の1、現在では7カ国以上の政党から23人以上の議員が参加」という要件を満たした会派毎に活動する。新議会は8つの会派で構成される(図表1-下)が、うち極右の「アイデンティティーとデモクラシー(ID)」を実質的に吸収した新たな会派「欧州の愛国者グループ(PfE)」は、中道右派の「欧州人民党グループ(EPP)」、中道左派の「社会・民主グループ(S&D)」に次いで多くの議員を擁する第3勢力となった。
欧州議会は「右傾化」し、極右が勢力を伸ばしたものの、(1)EPPとS&Dに中道の「欧州刷新(Renew Europe)」を加えた中道3会派で過半数を確保し、(2)右派~極右が3分裂し、(3)人事面でも極右阻止の「防疫線(コルドンサニテール)」が働いたため、極右伸長のEUの政策への影響は限られる。

議長、欧州委委員長は続投、PfEは主要なポストから排除

議長、欧州委委員長は続投、PfEは主要なポストから排除

会派の議席数は本来、欧州議会における影響力を決める。欧州議会には20の常設委員会と4つの小委員会がある(表紙図表参照)。常設委員会は、欧州委員会からの新たな立法の提案に対する欧州議会の立場を決める。各委員会の議員の構成は、「可能な限り全体の会派の議席数を反映する」とされている。委員長と4名の副委員長のポスト、委員会で法案や政策の提案に関する報告書作成の責任を持ち、議会での議論を主導し、欧州委員会や閣僚理事会との交渉を行う法案説明担当者(ラポルトゥール(Rapporteur))を決める基準となる。仮に、EPPよりも右寄りの政党が1つの会派にまとまれば、EPPに1議席差まで迫ることになった。実際には、右派は、PfEと同じく新会派の「主権国家の欧州(ESN)」、2009年に当時EU加盟国だった英国の保守党がEPPを脱退した後に結成した「欧州保守改革グループ(ECR)」の3会派に分裂した。

新欧州議会は、7月16日にメツォーラ議長(EPP)、同18日にフォンデアライエン欧州委員会委員長(EPP)の再任を決めた。メツォーラ議長は90%という高い得票率で再選され、EPPからの造反などにより再選が危ぶまれたフォンデアライエン委員長も、賛成401、反対284、白票・無効票22という大差で再選された。秘密投票のため、会派や政党、各議員の投票行動は不明だが、左派の「欧州統一左派・北欧緑左派同盟(The Left)とPfE、ESNは、再任不支持を明言している1。フォンデアライエンの続投には中道3会派に加えて、環境会派の「欧州緑の党/欧州自由同盟(Greens/EFA)」の多くが賛成に回ったと思われる。

常設委員会の委員長、副委員長ポストの獲得数では、全体の議席数を反映してEPPが最多でS&Dが続くが、第3会派のPfEがゼロの一方、第4会派のECRが3つの委員長ポストと合計10の副委員長ポストを獲得している。中道3会派の一角を占め、ECRとほぼ同数の議席を擁するRenewのほか、より少数のGreens/EFA、The Leftなど少数の会派もポストを得ており、PfEとESNが排除された形だ。

事務局の選挙でも、14名の副議長のうち中道3会派以外からの選出はECRから2名、Greens/EFAとThe Leftから1名で、PfEとESNの候補が落選した。議会運営のサポートや議会の予算管理などを担う5名のクエスターはすべて中道3会派が占め、ECRとPfEの候補が落選している2
 
1欧州委委員長信任投票前の演説から見る、欧州議会各会派の立場の違い」ジェトロ ビジネス短信 2024年07月23日
2 Parliament’s new Bureau elected, European Parliament Press Releases, 16-07-2024

分権的で加盟国の意思を尊重する姿勢のECR

分権的で加盟国の意思を尊重する姿勢のECR。政策面ではEPPとの親和性も

PfEがECRよりも多くの議席を擁する会派でありながら、欧州議会における影響力を決めるポスト争いではECRが上回ったのはなぜか。

ECRは、EU懐疑派に分類されるものの、「反EU」というよりは、「ユーロリアリスト」を自称し、「各国が協力することで最善の利益を得られる分野で協力する共同体」、「より分権的で加盟国の意向を尊重するEU」への改革を掲げるグループだ。「すべての人にとって安全で、競争力があり、繁栄する欧州」のため、政策面では、より賢い税金の活用、より良い移民制度、環境政策では目標の達成のために「企業や加盟国に過度に負担をかけることのない持続可能な対策」、「すべての加盟国が支持できる野心的で段階的で懸命なアプローチ」を支持している3

欧州議会選の前から、EPPとECRとの連携、フォンデアライエン体制続投のために、中道3党だけでなく、ECRの支持を得て誕生する可能性は取りざたされてきた。これまでのところ、中道3党で過半数を確保でき、EPPのECRとの連携にS&DとRenewが強く反発したことから、EPPとECRの連携は実現していない。

ただ、政策面では、EPPとECRには親和性がある。新議会に向けてEPPがまとめた10の優先事項では、「機能する移民政策」、「安全を守る」などECRの課題と共通の項目がある。「競争力戦略」の柱の1つとしてお役所仕事の削減を掲げ、「地球を守る」環境政策として、過剰な官僚主義の削減、禁止ではなくインセンティブや技術による解決策を重視する点にもECRとの親和性が感じられる。

EPPグループのマンフレッド・ウェーバー議長は、EPPと協力する政党の要件として、(1)親EU、(2)法の支配の尊重、(3)ロシア・ウクライナ戦争におけるウクライナ支持の3つを挙げている。ECRグループは、英国のEU離脱後は、ポーランドの「法と正義(PiS)」が中心的な存在となり、新議会ではイタリアのメローニ首相の「イタリアの同胞(FdI)」が議席を増やし、最大の議席を占めるようになった(図表2)。Rosa and Poettering4は、FdIは3要件とも満たしているが、PiSや、スウェーデンのSD、真のフィンランド人(PS)は適合していないため、公式の連立は難しいと見る。

しかしながら、親和性が見られる産業政策やエネルギー政策に関連する法案などでは、EPPとECRが結果として同じ立場をとり、影響力を高めることは十分に考えられよう。
 
3 European Conservatives and Reformists Group Who we are?
4 Brunello Rosa and Benedict Poettering "Can a centre-right coalition emerge after the next EU elections?" LSE Executive Insights, 16 Aug 2023。ポーランドのPiSによる前政権はウクライナ支援の立場だが、法の支配の違反を巡ってEUと対立していた。

PfEへの右派再編の旗振り役

PfEへの右派再編の旗振り役となったハンガリーオルバン首相。中核は仏RN

PfEとECRは、EUへの主権の移譲への反対姿勢、加盟国の権限を尊重する立場、移民問題により厳しい姿勢を求める姿勢は共通項がある。

しかし、PfEは、EPPのウェーバー議長の連携の3要件に適合しない政党中心で構成されている。PfEへの右派再編の旗振り役となったのはハンガリーのオルバン首相であり、EU法の優位性や財政規律など現行の基本制度枠組みに反対してきた極右のポピュリスト会派「アイデンティティーとデモクラシー(ID)グループ」を吸収、ECRに属していたスペインのVox、Renewに属していたチェコのANOが合流し発足した5

PfEの所属政党(図表3)では、フランスの国民連合(RN)が最多の議席を占め、フランスの下院選を首相候補として戦ったジョーダン・バルデラ氏が党首の座についた。PfEには、フィデスの他にもイタリアでメローニ政権の連立の一角を占める「同盟」、オランダで政権政党となった「自由党」など政権に参加している政党が所属している。オーストリアの自由党は9月の総選挙で、ANOは25年秋のチェコの総選挙で政権復帰が見込まれている6

オルバン首相は、欧州理事会(首脳会議)や閣僚理事会で、ウクライナ支援やロシア制裁などの全会一致事項に対する拒否権をしばしば発動し、EUの意思決定を妨げてきたが、欧州議会では与党フィデスが、21年にEPPを離脱、無会派となり、影響力が制限されてきた7

オルバン首相は、欧州議会の開会に先駆けPfEを創設、7月から6カ月の輪番制の閣僚理事会議長国となったことで、EUの政策に影響力を拡大する機会を得たが、PfEは、既述の通り、主要なポストの獲得という面では成功を収めていない。閣僚理事会議長国としては、さっそく「ピースミッション」を掲げてウクライナ、ロシア、中国を立て続けに訪問、北大西洋条約機構(NATO)サミットに合わせた訪米時には、トランプ前大統領とも面談し、ロシア・ウクライナ戦争の即時停戦を働きかけた8。EUの共通の方針とは異なる独断的な外交政策の展開に対して、北欧など一部の加盟国が、ハンガリーが主催する非公式会合の「ボイコット」を表明し、欧州委員会もハンガリーが主催する非公式会合に、閣僚にあたる欧州委員を派遣しないことを決めるなど9、活動に制約が課される事態となっている。

PfEがまとめた「欧州の未来に向けた愛国的マニフェスト」10では、連邦制よりも主権、秩序より自由、戦争よりも平和を支持するとし、国家主権の更なる移譲の拒否、外交における各国の主権と拒否権の尊重、国境を守り、不法移民を阻止し、文化的アイデンティティーを保持するなどの項目が並ぶ。ハンガリーが直面している「欧州予算を通じて圧力をかけて国家主権への攻撃を正当化することをやめる」との一文が挿入される一方、環境政策やグリーンディールへの言及はない。
 
5 IDの評価については臼井陽一郎「2024年欧州議会選挙について:民主主義の発展か、EU政治の停滞か」日本国際問題研究所研究レポート「伝統的安全保障リスク」研究会FY2024年7月3日を参考にした。
6 Andrzej Sadecki "Patriots for Europe: Orbán's attempt to unite the radical right" Centre for Eastern Studies (OSW) ANALYSES 2024-07-23
7 庄司克宏「欧州の行方 極右勢力がEU乗っ取り狙う」日本経済新聞2024年7月9日朝刊経済教室では、加盟国政府がEUの政策決定に影響力を行使するルートとして、(1)欧州理事会、閣僚理事会でコンセンサス(合意)形成を妨げる、(2)閣僚理事会の特定多数決で阻止票(4カ国以上)を形成する、(3)全会一致の決定事項拒否権を行使する、(4)閣僚理事会の議長国として国益優先の議事運営を行う4つのルートがあるとしている。
8 ハンガリーのオルバン首相の「ピースミッション」、EUにおける立ち位置については「迫真 混迷のヨーロッパ1 「欧州を再び偉大に」」日本経済新聞朝刊に詳しい。
9ハンガリー会合「格下げ」 欧州委員派遣せず オルバン氏訪ロ」朝日新聞電子版2024 年 7 月 19 日
10 Patriot’s Manifesto for Europe

ドイツのための選択肢はPfEにもECRにも加われず

ドイツのための選択肢はPfEにもECRにも加われず。新たな会派ESNを設立

右派の3番目の会派ESNは、欧州議会選挙期間中にIDを除籍された「ドイツのための選択肢(AfD)」が中核となり、中東欧を中心とする少数の政党などが加わり、辛うじて会派の要件を満たして設立された(図表4)。AfDのID(現PfE)からの除籍は、同党のトップ候補が、ナチス親衛隊を擁護する発言をしたことなどがきっかけとなった。

ECRとPfEという大規模な連携も外交政策のスタンスの違いなどから実現しなかったが、AfDも他の主要な右派政党と連携する機会を逃した。

ESNは、新議会の8つの会派のうち最も少数で、政権入りしている政党もなく、欧州議会内の主要ポストも得られていない。ESN創設のEUの政策への影響も限定されよう。

極右政党

極右政党が、EU市民の間に着実に支持を広げている事実は軽視できない

極右阻止の防疫線によって、仏議会選におけるRNの勝利も、欧州議会におけるPfEの主要ポストの獲得も阻まれた。

それでも、極右政党が、EU市民の間に着実に支持を広げている事実は軽視できない。

フランスでは、下院が3つの勢力に割れ、急ごしらえの左派連合の足並みの乱れや、政権運営が停滞するリスクが高まっている。コルドンサニテールが機能した結果が混乱に終われば、2027年の次の大統領選挙に向けてRNに有利に働く可能性もある。

EUの新体制も、過剰な規制や官僚主義がもたらす競争力の懸念に対応し、米中二大国が対立し、内向き化する時代に、繁栄と競争力を維持するという難題に成果を挙げなければならない。
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり(いとう さゆり)

研究領域:経済

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴

・ 1987年 日本興業銀行入行
・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
・ 2023年7月から現職

・ 2015~2024年度 早稲田大学商学学術院非常勤講師
・ 2017年度~ 日本EU学会理事
・ 2017~2024年度 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
           「欧州政策パネル」メンバー
・ 2022~2024年度 Discuss Japan編集委員
・ 2022年5月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員
・ 2024年10月~ 雑誌『外交』編集委員
・ 2025年5月~ 経団連総合政策研究所特任研究主幹

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