2|金利の上昇と債券の含み損、そして経済価値ベースのソルベンシーについて
先般の報道によれば、農林中金が2023年度決算において多額の外債含み損を抱えることとなり、それらの売却処分や資本増強策を打ち出すとのことである。都市銀行や地方銀行も規模の差はあるにせよ、国内外の債券において含み損が発生している状況も見かける。
さて、生命保険の2023年度決算においても、国内金利の上昇を受けて、国内大手社もふくめ多くの会社において、国内債券が含み損となっている。こちらの方を問題視する声はあまり聞かないし、各社決算発表や説明会でも触れられすらしないことが多いが、大丈夫なのか。
債券に関しては、仮に満期日まで保有して償還を迎えるのであれば、途中でどう時価が変動しようが最終的な収支に無関係なので問題ないという見方もできる(株式のように満期がない資産と比べてみるとよい)。あるいは、銀行の場合は他の事業体よりも債券を多く保有しているとは言え、資産中の構成比が小さいので大きな影響はない、ともいえる。
生命保険会社の場合には、以下のような事情となろう。
生命保険会社は、負債の大部分が保険契約の責任準備金である。通常これには予定利率という「ハードル」があって、毎年それを超える運用収益を(主に債券で)上げていく必要がある。それが満たされないと「逆ざや」というのは先にも述べた通りである。
ところが、責任準備金については資産サイドの債券と異なり、これまで時価算定の統一的な方法の取り決めが困難だった。簡単に言うと責任準備金を時価評価する方法は「計算に使用している固定された予定利率を、その時点の市場金利に置き換えて計算する」、あるいは言い方を変えるだけだが、「保険契約から生じるキャッシュフロー全体の現在価値を、その時点の市場金利を用いて求める」ということになる。その結果、「金利が下がると負債は増大する(負担が重くのしかかる)」「金利が上がると負債は減少する(負担が軽減する)」という性質になる。これは金利の変動に対しては債券価格と同様の動きである。
生命保険会社の場合、このように責任準備金負債と債券の金額の増減が、時価ベースでは「つりあっている(べきである)」。ただし現在の会計ルールでは、負債は時価評価されていないので、つりあっている様子は実際には見えない
1。だから、金利が上がると債券価格が下落する様子だけが貸借対照表に現れ、今回のように含み損があると認識され、健全性に問題はないのかと不安になることもあろう。
しかし実際にはこのように負債の負担も軽くなっている。これを収支面でいうと「金利が上がれば、債券利息収入によって、予定利率を楽にクリアすることができる。」となる。生命保険会社では、たとえ債券に含み損が増えようと、金利がもっと上がってくれたほうがよい、と基本的には考えるはずで、同時に、今後そうした高い利回りの債券に徐々に入れ替えていければいいと思われる。
さてこれまでの話は、債券と負債の増減がつりあっている簡単な状態を念頭に置いたのだが、実際にはそんなに精密に対応しているわけではない。金利と予定利率はずれているし、何よりも現状としては負債の方が一般に残存期間が長い。こうしたズレは将来問題にならないのか?あるいはどのくらいブレがあるのだろうか?
これをみるようにするのが、「経済価値ベースのソルベンシー」である(と筆者は認識している)。イメージとしては以下のように考える。
マージンとしては、「債券価格―責任準備金価格」をとるのは、言葉のうえでは現行のソルベンシー・マージン比率と同じである。しかし経済価値ベースでは責任準備金も時価評価されたものを用いる。
これまでのように超低金利のもとでは、高い予定利率を持つ責任準備金の時価は大きくなるので、マージンは現行方式より減少し、厳しい評価となる。
逆に直近のように金利が上がってくると、責任準備金時価が減少し、マージンが増加する。今はこの状況なので、債券側だけ見たとき含み損であっても問題ない。
一方、リスクとしては、一定の金利変動の下で、債券時価、責任準備金時価を両方増減させ、その差額の変動とする。
実情としては、より残存期間の長い責任準備金側の変動率の方が大きいので、金利が上がると責任準備金の方が大きく減少するので、健全性の面では余裕ができる方向になる。
ということで、負債と資産がほぼつりあっている(あるいは、そうなるように金利リスクを管理したい)生命保険会社では、債券の含み損状態だけでは大きな問題にはならない。ただしその「つり合い具合」については、経済価値ベースのソルベンシーでみていくようになる(外部にどこまで開示されるかはさておき)。
1 つりあっていることが示せるならば、時価で見ようと「簿価」でみようとかまわないと考えて、逆に、つりあっている部分は債券を時価せず簿価で表示する、というのが「責任準備金対応債券」という、日本で認められた会計方式である。