意外な生命保険先進国 南アフリカ-ジンバブエとは違う道を進み続けられるか-

2024年07月16日

(磯部 広貴) 保険商品

1――南アフリカ共和国とは

遠いアフリカ大陸の南端に位置する南アフリカ共和国(以下、南アフリカ)について、何を思い浮かべるであろうか。

ワールドカップ常連のラグビー強豪国。テスラやXを経営するイーロン・マスク氏の出身国。BRICS1の一角。一定以上の年齢の方であれば、1990年代に入るまで過酷な人種隔離を強いたアパルトヘイト政策、その後の全人種参加投票を経て黒人大統領として国を率いたマンデラ氏かもしれない。
南アフリカはサブサハラ(サハラ砂漠以南2)・アフリカの全GDPの約2割を占め、GDP実額では人口で3倍を超えるナイジェリアの後塵を拝して第2位であるものの、人口1人当たりでは群を抜く水準を誇る。アフリカ大陸で唯一のG20参加国でもある。

政治家の腐敗、高い失業率、電力不足など多々の課題を持ちつつも、マンデラ大統領の掲げた「虹色の国」の通り黒人も白人もなく多人種が共生する国として経済発展を遂げてきた。いわばアフリカの先進国である。
 
1 ブラジル(Brazil)、ロシア(Russia)、インド(India)、中国(China)、南アフリカ(South Africa)の頭文字による。2000年代初め、米国の証券会社が今後有望な新興国の代表格として名付けたが、当初はブラジル、ロシア、インド、中国を前提にBRICsと表記されていた。4か国で2006年に初の閣僚会議、2009年に初の首脳会議が実施された後、2011年に南アフリカの参加が発表されBRICSとなった。
2 アフリカ大陸にあってもサハラ砂漠より北のエジプトなど5か国は国情が異なり中東に分類されることもあるため、サハラ砂漠以南の地をサブサハラとして論じることが多い。

2――高い生命保険普及率

2――高い生命保険普及率

その南アフリカは生命保険先進国でもある。但しこれはアフリカの中だけではなく、世界的なレベルで生命保険先進国であることを意味する。

一般に生命保険普及率はその国の生命保険料収入をGDPで除することによって比較される。図表2が示す通り、南アフリカの比率は9.1%と、新興EMEA(欧州・中東・アフリカ)平均や世界平均はおろかわが国をも大きく超える水準にある。
生命保険普及率の出典であるSwiss Re Institute sigma No 3/2023によれば、南アフリカの2022年における生命保険料実額はドル換算で369億ドルと世界で第15位、現地通貨ベースでは2021年が5,984億ランド、2022年は6,035億ランドで推移している。

南アフリカの生命保険会社は66社3ある。その生命保険市場は富裕層中心で成熟しており、今後のさらなる成長に向けてはデジタルチャネル4を通じた葬儀保険などマイクロ保険5による低所得層の取り込みが必要とみられている。
 
3 South African Reserve Bank – Prudential Authorityより。
4 南アフリカでは貧富の差が激しいものの、ITU DataHubによれば、携帯電話を所有する個人の比率は78.1%(2019年)、インターネットを使う個人の比率は74.7%(2022年)に達している。
5 小野寺千世「マイクロ保険提供者の監督規制のあり方に関する一考察」(2024年3月、保険学雑誌第664号)によれば、南アフリカの法規制では「マイクロ保険商品は、リスク担保のみに限定されており、解約返戻金や貯蓄性を有することはできない等、従来の保険商品と異なる要件が課されている」。

3――富裕層=白人中心の現状

3――富裕層=白人中心の現状

一例として、南アフリカの生命保険最大手であるサンラム社6について、同社の2023 Annual Resultsから見てみよう。同社では南アフリカの個人(Retail)向けビジネスを富裕層(Affluent)と一般(Mass)に分けており、前者の新規契約保険料が456億ランド、後者のそれは44億ランドと10倍を超える差がある。富裕層(Affluent)と一般(Mass)を分ける基準は公表されていないものの、富裕層(Affluent)に特化した対応を取ることが求められてきたものと推測される。

では、富裕層とは誰を意味するのであろうか。
図表3にある通り、人口の1割にも満たない白人の平均年収が、人口の8割を超える黒人の5倍近くに至るのが南アフリカの実情である。

黒人経済力強化政策の恩恵などで裕福になった黒人もいる(黒いダイヤとも呼ばれる)とはいえ、少数に止まり、国内経済は白人中心で動いているとみてよいだろう。南アフリカの貧富の差は激しく、これを示すジニ係数は0.637(2014年時点)と世界銀行HPで確認できる国の中で最悪である。世界的に高い生命保険普及率も富が集中する層の高い生命保険活用に牽引されてのものとみられ、南アフリカの生命保険市場が富裕層中心で成熟していると言われる所以である。
 
6 2022年5月に同社とドイツのアリアンツは、アフリカ大陸における事業統合に合意したと公表した。南アフリカを除き、現時点で両社またはいずれかが事業を行っている29か国にて追って設立予定の合弁会社が事業を運営するとした。
7 日本は0.33(2013年時点)。

4――今後どう進むか

4――今後どう進むか

本年5月29日に行われた議会選挙にて、与党のアフリカ民族会議(ANC)は初めて過半数を割り込んだ。かつてマンデラ氏が率いてアパルトヘイトを終結させたアフリカ民族会議(ANC)は黒人の英雄であったものの、有権者の中でアパルトヘイトを知らない世代が増えた今、山積する課題に対応できない現状に厳しい審判が下った形だ。

アフリカ民族会議(ANC)は得票率第2位の民主同盟(DA)との連立で合意した。民主同盟(DA)は白人からの支持が高くビジネス重視であり、アフリカ民族会議(ANC)内でも異論はあったものの、この連立によって政権は維持され、引き続き「虹色の国」としての発展を目指す方向が固まった。

しかし取り巻く環境は厳しい。得票率第3位の「民族のやり」はアフリカ民族会議(ANC)出身のズマ前大統領が率いる黒人ポピュリズム政党であり、得票率第4位の経済的開放の闘士(EFF)に至っては白人の土地の無償収用を主張している。

ここで思い起こされるのは、南アフリカの隣国ジンバブエである。1980年の独立と黒人政権発足後、白人と協調しての国家運営を行っていたが、2000年からは白人所有の農場を強制収用し黒人に配分するようになった。農業生産は落ち込み、この前後からジンバブエの政治も経済も長く混迷するに至った。

黒人ポピュリズムの脅威が迫る中、ジンバブエの轍を踏むことなく、南アフリカが意外な生命保険先進国であり続けられるか、注目していきたい。

保険研究部   主任研究員・気候変動リサーチセンター兼任

磯部 広貴(いそべ ひろたか)

研究領域:保険

研究・専門分野
内外生命保険会社経営・制度(販売チャネルなど)

経歴

【職歴】
1990年 日本生命保険相互会社に入社。
通算して10年間、米国3都市(ニューヨーク、アトランタ、ロサンゼルス)に駐在し、現地の民間医療保険に従事。
日本生命では法人営業が長く、官公庁、IT企業、リース会社、電力会社、総合型年金基金など幅広く担当。
2015年から2年間、公益財団法人国際金融情報センターにて欧州部長兼アフリカ部長。
資産運用会社における機関投資家向け商品提案、生命保険の銀行窓版推進の経験も持つ。

【加入団体等】
日本FP協会(CFP)
生命保険経営学会
一般社団法人 アフリカ協会
一般社団法人 ジャパン・リスク・フォーラム
2006年 保険毎日新聞社より「アメリカの民間医療保険」を出版

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