「2024年女性版骨太」が金融業・保険業に迫る男女間賃金格差の是正~旧「一般職」女性のキャリア形成が課題に

2024年07月08日

(坊 美生子) 高齢化問題(全般)

4-2│金融業・保険業大手の男女間賃金格差の現状と分析に関するまとめ
4-1でみたように、金融業・保険業大手の現在の男女間賃金格差の状況を見ると、ほとんどの企業は女性の賃金水準が男性の半数以下で、現時点で格差が大きいことは否めない。ただし注釈欄を見ると、多くの企業が、過去から運用してきたコース別雇用管理制度や、女性管理職比率の低さを挙げるなど、自社の格差について、要因を分析し、対策に反映していると言える。

男女間賃金格差の要因については一般的に、3-1の厚労省の分析結果で紹介したように、「職階」(役職)や「勤続年数」の男女差が指摘されることが多かったが、金融業・保険業の大手自身は、コースや職種の男女の偏りが大きな要因だと明確に認識しており、大変興味深い。現場では、旧一般職の女性社員に対する雇用管理やキャリア形成に関する課題は、以前から認識されていたということではないだろうか。

そして各社の説明によれば、コースや職種を一本化するなど、これまでのコース別雇用管理制度の見直しを進め、女性の管理職登用にも取り組んでいる。それらが確実に進めば、中期的には格差が縮小していくと考えられる。

実際に、定年後研究所とニッセイ基礎研究所の共同研究で、アンケートと同時並行して行ったインタビュー調査でも、ある大手保険会社から、旧一般職の女性社員たちを、将来的な登用候補の対象に加え、キャリアアップに向けた研修や交流プログラムを提供していると説明を受けた。同社では実際に、旧一般職から管理職昇進したケースも多いという。金融業・保険業でも、旧一般職の雇用管理とキャリア形成は、変わりつつあると言えるだろう。

そもそも従来は、自社でどれぐらいの男女間賃金格差があるのか、調査したことがない企業が8割に上っていた7。それが2022年施行の改正女性活躍推進法によって、金融業・保険業に限らず、常用労働者301人以上の企業に対し、男女の賃金の差異について公表が義務付けられたことが、状況を大きく前進させる機会になったと言える。新たな法制度が、企業にジェンダーギャップに関する調査と実態把握を促し、問題点に対する「気づき」を与え、社会的責任を持って取組を進めるよう促している、と言えるのではないだろうか。

さらに、1で述べたように、2024年女性版骨太によって、今後は男女の賃金の差異に関する公表対象を101人以上の企業まで拡大を検討することが決まった点は、日本全体の男女間賃金格差の縮小に向けたさらなる前進と言えるだろう。今後は、女性版骨太の中にも盛り込まれていたように、規模の小さな企業が、自社の男女間賃金格差についてしっかりと調査分析して対策を講じられるように、分析ツールの開発や好事例の情報発信など、支援が必要になるのではないだろうか。
 
7 厚生労働省(2010)「変化する賃金・雇用制度の下における男女間賃金格差に関する研究会報告書(概要)」。

5――終わりに

5――終わりに

2024年女性版骨太が、男女間賃金格差の是正に向けた目標を盛り込み、とりわけ、格差が大きい業界に実態把握からアクションプランの策定まで促したことは、産業側にとって、大きなプレッシャーになるだろう。金融業・保険業は、コース別雇用管理制度という独特の仕組みによって、これまで大多数の女性を旧一般職で雇用してきたことなどから、現時点の男女間賃金格差が大きいが、今後は、各社が女性活躍推進データベースの注釈欄に記載していたように、雇用管理の見直しが進み、旧一般職を含めた女性の平均賃金が、徐々に上昇していくことを期待したい。

本稿では、主に金融業・保険業について議論してきたが、格差解消の取り組みが期待されるのは、他の産業も同じである。製造業や卸売業・小売業など、2で男女間賃金格差が大きいことを示した他の産業も、同じ立ち位置にあると言える。今後も企業の男女間賃金格差が大きいままでは、「女性が働きやすい職場」を希望する女子学生の採用にも悪影響を及ぼし、人手不足に拍車がかかるかもしれない。あるいは地域にとっても、地域経済の基幹産業で男女間賃金格差が目立ったままであれば、若い女性を他県に流出させることになりかねず、地域の人口減少を悪化させるかもしれない。男女間賃金格差の解消は、企業にとっても、地域にとっても、重要な課題だと言えるだろう。

2016年に女性活躍推進法が施行されてから、企業は女性管理職比率の引き上げに必死になってきたが、以上のように、男女間賃金格差の原因を分析することは、これまで女性を低いポジションに配置してきた背景を分析することになり、格差解消に取り組むことは、女性の経験を増やして能力を引き上げ、女性人材を育成することにつながるだろう。従って、男女間賃金格差の是正に取り組むことが、結果的には、新人層から中間層、管理職層、役員層へと続く女性人材のパイプライン構築につながり、中長期的に、女性活躍やダイバーシティを推進することになると考えられる。

「男女の賃金の差異」を公表対象に加えた2022年の改正女性活躍推進法と、2024年の女性版骨太が"潮目"となり、企業がより深く、女性のキャリアの課題やジェンダーギャップの背景に踏み込んでいくことを期待したい。

生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子(ぼう みおこ)

研究領域:ジェロントロジー(高齢社会総合研究)

研究・専門分野
中高年女性のライフデザイン、高齢者の交通サービス、ジェロントロジー

経歴

【職歴】
 2002年 読売新聞大阪本社入社
 2017年 ニッセイ基礎研究所入社

【委員活動】
 2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
 2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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