日銀短観(6月調査)~景況感は小動きだが消費関連に弱さも、企業の物価見通しは上振れ

2024年07月01日

(上野 剛志) 金融市場・外国為替(通貨・相場)

1.全体評価:日銀の利上げ判断を後押しする材料になりそうだが、懸念点も

日銀短観6月調査では、注目度の高い大企業製造業の業況判断DIが13と前回3月調査から2ポイント上昇し、小幅ながら、景況感の持ち直しが示された。DIの上昇は2四半期ぶりとなる。製造業では価格転嫁の進展や堅調な設備投資需要が追い風となった。円安進行も輸出関連企業の景況感を支えたとみられる。一方、大企業非製造業では、長引く物価高による消費マインドの停滞や原材料コスト増加、人手不足もあって、業況判断DIが33(前回は34)となり、景況感が若干弱含んだ。
 
ちなみに、前回3月調査1では、認証不正問題の影響で大企業製造業の景況感がやや悪化した一方で、インバウンド需要の増加や株高による資産効果を受けて、非製造業では景況感が改善していた。
 
大企業製造業では価格転嫁が進展した素材業種と堅調な需要を受けた設備投資関連業種が牽引役となった。ダイハツの認証不正問題を巡っては、5月にかけて全工場が稼働を再開しており、生産が段階的に回復に向かっているが、未だ正常化には至っておらず、景況感を大きく押し上げる状況にはならなかったとみられる。一方、6月初旬にトヨタやホンダなどでも新たな認証不正問題が発覚したが、影響はダイハツの事例よりも小規模に留まるとみられるうえ、もととも短観は基準日近くに発生した事象についてあまり織り込まない傾向があるため、景況感への影響も限定的に留まったと考えられる。

大企業非製造業では、株高による資産効果や旺盛なインバウンド需要などが支えとなったものの、長引く物価高による消費マインドの停滞や円安に伴う原材料価格上昇、人手不足の影響がやや勝ったとみられ、景況感が若干弱含んだ。

中小企業の業況判断DIについては、製造業が前回から横ばいの▲2、非製造業が1ポイント低下の12となった。製造業では、大企業と比べて素材業種が伸び悩んでおり、中小企業による価格転嫁の難しさを示唆している可能性がある。
 
先行きの景況感は製造業と非製造業の間でバラツキが生じている。製造業では、円安等による原材料価格上昇懸念が重石となる一方、自動車の生産回復や半導体市場の回復期待が支えとなり、先行きにかけて景況感がほぼ横ばいで推移すると見込まれている。一方、非製造業では、コスト増加や人手不足への懸念、物価高による消費の減速懸念などが台頭し、幅広く景況感の悪化が示されている。今後は今春闘での賃上げや定額減税が消費回復に一定程度寄与すると見込まれるが、企業サイドでは慎重な見方が強いようだ。
 
なお、事前の市場予想との対比では、注目度の高い大企業製造業については、足元の景況感が市場予想(QUICK集計予測値12、当社予想は13)を若干上回ったほか、先行きの景況感も予想(QUICK集計予測値12、当社予想は14)を上回った。大企業非製造業については、足元の景況感が市場予想(QUICK集計33、当社予想も33)と一致したものの、先行きの景況感は市場予想(QUICK集計31、当社予想は35)をかなり下回っている。
 
2023年度の設備投資計画(全規模全産業)は前年比10.6%増となり、前回3月調査(10.7%増)からほぼ横ばいとなった。例年、6月調査(実績)では、大企業において下方修正が入ることで、全体として下方修正される傾向があるが2、今回は下方修正幅がごくわずかに留まった。例年と比べて、次年度への先送り分も限定的になったとみられる。

2024年度の設備投資計画(全規模全産業)は、前年比8.4%増と前回3月調査(3.3%増)から大きく上方修正された。前回からの上方修正幅は5.1%ポイントと例年3をやや下回ったものの、既述の通り、例年よりも前年度実績が下振れなかったことで、前年比のハードルが上がった面があり、特に問題はない。例年6月調査では年度計画が固まってくることで投資額が上乗せされる傾向が強いうえ、資材価格や人件費の上昇を受けて、名目の投資額が嵩みやすくなっている面も押し上げ材料になったようだ。ただし、実態としても、既往の収益回復を受けた投資余力の改善に加え、脱炭素・DX・省力化・サプライチェーンの再構築等に伴う投資需要を背景とした堅調な投資計画が示されたと評価している。

一方、今年度からの建設業の労働規制の強化もあって、人手不足による設備投資の制約が強まる恐れがあるだけに、堅調な計画が実績に繋がるか、フォローしていく必要がある。
 
物価関連項目では、販売価格判断DIについては、総じて先行き(3か月後)にかけて高止まりが示されており、当面値上げが続けられる見通しが示されている。また、企業の物価全般の見通し(全規模)では、物価全般の見通しや企業の販売価格の見通しは、それぞれ前回からやや上方修正されている。物価関連項目は総じて高止まりしており、企業による値上げ継続姿勢を示唆している。
 
今回の短観では、企業の景況感こそ全体的に小動きに留まったものの、企業における堅調な設備投資意欲や、物価上昇圧力の高まりなどがうかがえる内容になったことで、日銀にとって「賃金と物価の好循環に伴う基調的物価上昇率上昇」への期待を繋ぐ材料、すなわち先行きの利上げ判断を後押しする材料になりそうだ。

ただし、個人消費に関わる景況感は悪化が目立ち、懸念材料になり得る。また、日銀は前回6月の金融政策決定会合(MPM)において、長期国債の買入れ減額方針を決定した上で、次回7月のMPMにおいてその具体的な計画を決定することを表明済みだ。ここで同時に利上げを決定すると、市場金利が想定以上に上振れしたり、市場が消化できずに不安定化したりするリスクがある。植田総裁は7月利上げの可能性を否定していないが(円安けん制の狙いもあるとみられる)、現実的にはハードルが高めとみられる。日銀としては、「利上げを9月以降に先送りして円安が進むリスク」と「金利が想定以上に上昇してしまうリスク」を天秤にかけ、慎重に検討していくと推測されるが、筆者としては、同時利上げを避ける可能性の方がやや高いと見ている。
 
1 回収基準日は前回3月調査が3月13日、今回6月調査が6月13日(基準日までに約7割が回答するとされる)。
2 直近10年間(2013~22年度)における6月調査(実績)での修正幅は平均で▲2.0%ポイント。
3 直近10年間(2014~23年度)における6月調査での修正幅は平均で+6.5%ポイント

2.業況判断DI

2.業況判断DI:足元は製造業・非製造業とも小動き、先行きは非製造業で悪化

全規模全産業の業況判断DIは12(前回比横ばい)、先行きは10(現状比2ポイント下落)となった。大企業について、製造・非製造業別の状況は以下のとおり。

(大企業)
大企業製造業の業況判断DIは13と前回調査から2ポイント上昇した。業種別では、全16業種中、上昇が9業種と下落の5業種を上回った(横ばいが2業種)。

化学(8ポイント上昇)、石油・石炭(同)、紙・パ(7ポイント上昇)、窯業・土石(6ポイント上昇など価格転嫁が進展したとみられる素材業種が全体の牽引役となった。堅調な設備投資需要を背景に業務用機械(6ポイント上昇)、はん用機械(4ポイント上昇)も改善が目立つ。一方で、アジア市況悪化を受けた鉄鋼(16ポイント下落)、中国経済低迷の影響を受けたとみられる生産用機械(6ポイント下落)、コスト上昇圧力が高まる食料品(3ポイント下落)などで下落が目立った。自動車(1ポイント下落)もやや下落した。ダイハツの認証不正問題の影響は緩和したものの、正常化に時間がかかっていることが影響したとみられる。

先行きについては上昇が8業種と下落の5業種を上回り(横ばいが3業種)、全体では1ポイントの上昇となった。

円安等による原材料価格上昇や物価高による消費減速を懸念したものとみられる木材・木製品(23ポイント下落)、食料品(10ポイント下落)、人手不足による工事遅延が販売減に繋がりかねない窯業・土石(5ポイント下落)などでの下落が目立つ。自動車(2ポイント下落)も引き続き慎重な見通しが示されている。一方で、その他業種では上昇が目立つ。自動車の生産回復への期待や、世界的な半導体市場回復への期待が現れているとみられる。
 
大企業非製造業の業況判断DIは前回から1ポイント下落の33となった。業種別では、全12業種中、上昇・下落ともに5業種と拮抗した(横ばいが2業種)。

物価高が売上抑制に働いている小売(12ポイント下落)の下落が突出しているが、人手不足が深刻化している対個人サービス(4ポイント下落)、宿泊・飲食サービス(3ポイント下落)、人手不足に加えコスト増加圧力を受ける建設(1ポイント下落)、不動産(2ポイント下落)も下落した。一方、価格転嫁が進んだ運輸・郵便(5ポイント上昇)や電気・ガス(4ポイント上昇)のほか、通信(11ポイント上昇)などが全体の下支えとなった。

先行きについては、下落が10業種と大半を占め(横ばいが2業種)、全体では6ポイントの下落となった。

人手不足の深刻化懸念を受けたとみられる建設(5ポイント下落)、不動産(7ポイント下落)、宿泊・飲食サービス(7ポイント下落)、円安による原料コスト上昇が危惧される電気・ガス(10ポイント下落)などの下落が目立った。小売(1ポイント下落)も引き続き下落が見込まれている。
 

3.価格判断

3.価格判断:値上げ意向は継続、企業の物価見通しはさらに上昇

大企業製造業の仕入価格判断DI (上昇-下落)は前回から5ポイント上昇の47、非製造業は4ポイント上昇の47となった。円安に伴う輸入物価の上昇に加え、各種コスト増加圧力を受けて、仕入価格の増勢が再びやや強まった。

一方、販売価格判断DIは製造業で4ポイント上昇の29、非製造業では2ポイント上昇の29とともに上昇した。 

製造業、非製造業ともに仕入価格判断DIの上昇幅を販売価格判断DIの上昇幅がやや下回ったため、差し引きであるマージン(採算)はともにやや縮小している。

仕入価格判断DIの3か月後の先行きは大企業製造業で3ポイントの低下、非製造業で1ポイントの低下が見込まれている。一方、販売価格判断DIの3ヵ月後の先行きは、大企業製造業で2ポイントの低下、非製造業で1ポイントの上昇となり、マージンはそれぞれ若干改善の見込み。製造業、非製造業ともに販売価格判断DIの先行きの水準は高止まりしており、値上げを継続する意向が現れている。 
 
なお、中小企業では、仕入価格判断DIの先行きとして、製造業で1ポイントの上昇、非製造業で3ポイントの上昇が見込まれているのに対し、販売価格判断DIの先行きは製造業で7ポイント上昇、非製造業で5ポイント上昇と仕入価格を上回る引き上げが見込まれている。中小企業ではこれまで仕入価格上昇の販売価格への転嫁が遅れ、マージンが圧迫されてきたうえ、人件費等のコスト上昇もあり、値上げの必要性が高まっていると考えられる。
 
なお、同じく物価関連では、企業の物価全般の見通し(全規模)が強含んだ点が注目される。具体的には、1年後が前年比2.4%、3年後が2.3%、5年後が2.2%となり、3年後と5年後が前回から0.1%ポイント拡大した。

また、企業の販売価格の見通し(全規模・現状と比較した変化率)も1年後が現状比2.8%増、3年後が4.1%増、5年後が4.8%増とそれぞれ0.1%ポイントずつ上方修正されており、中長期的な値上げ意向がやや強まっている。

経済研究部   主席エコノミスト

上野 剛志(うえの つよし)

研究領域:金融・為替

研究・専門分野
金融・為替、日本経済

経歴

・ 1998年 日本生命保険相互会社入社
・ 2007年 日本経済研究センター派遣
・ 2008年 米シンクタンクThe Conference Board派遣
・ 2009年 ニッセイ基礎研究所

・ 順天堂大学・国際教養学部非常勤講師を兼務(2015~16年度)

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