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残された課題
今般の見直しは、制度変更を伴う大きな改定であったと言えるが、課題と言える部分も少なからず残されている。中でも大きな課題と言えるのが「転職のハードル」「制度の実効性」「永住許可制度の適正化」の3つである。
1つ目の転職のハードルについては、今般の見直しで転職制限を課される期間が、原則3年から「分野ごとに1年から2年」に短縮される。ただし、実際に外国人労働者の転職が容易になるか否かは、転職先となる企業が増えるか否かにも掛かっている。例えば、転籍制限が最長の2年となった場合、育成就労制度のもとで働ける期間は1年であり、その後は、転職の自由度が高まる特定技能1号に移行していく。新たに転職者を雇い入れても、人材のグリップ力は弱くなっていくため、自社で新規に雇い入れた方が、人材戦略を立てやすいと考える企業があってもおかしくはない。また、転職先の企業は、転職前の企業が支払った初期費用の一部を負担する。仮に、この負担が相対的に重いものとなれば、転職者を受け入れる側の企業にインセンティブは働かなくなる。
転職制限を巡っては、有識者会議が「1年」との提言を出したあと、政府与党内の議論を経て「1年から2年」に変わったという経緯がある。この背景には、人材を安定して確保したい企業側の要望、とりわけ人材不足に喘ぐ、地方や中小企業の意向が強く反映されたものであることが推察される。日本の外国人就労政策が、専ら中小企業政策として機能している側面があることを考えれば、それほど意外感のあるものではないが、外国人を労働者として呼び込む以上、転職制限は本来的には課されない方が望ましい。衆院では、都市部への人材流出を懸念する声に配慮し、過度な集中が起きないよう「必要な措置を講ずる」ことが付則に明記された。もちろん地方の人手不足は深刻であり、人材の都市部流出を避ける仕組みは必要だろうが、労働者を1つの企業に縛り付け、企業間の健全な競争を避けることまでは必要ないだろう。
2つ目の制度の実効性については、枠組みの変更よりも、見直された内容に実効性が伴うことが、より重要だということである。育成就労制度では、監理団体が「監理支援機関」に変わり、外国人技能実習機構が「外国人育成就労機構」に変わる。外部監査人の設置が許可要件となるなど、外国人労働者の保護に関する規定は強化されているものの、基本的な受け入れの枠組みは、技能実習制度を引き継ぐものとなっている。2017年に技能実習適正化法が施行された際にも、悪質なあっせん業者の排除が進むことなどが期待されたが、2023年の技能実習生の失踪が過去2番目に多い9,006人となり、十分な効果が挙がっているとは言い難い状態にある。
監理団体や技能実習機構による支援や監督・指導の仕組みは、経済協力開発機構(OECD)の報告書
6の中でも評価されているように、必ずしも否定されるものではない。ただ、手数料の不透明性に関する問題や指導・監査に係る問題は指摘されるところであり、改善が必要な部分もある。こうした状況を踏まえれば、今般講じられた措置が、しっかり機能していくことがより重要だと言えるだろう。
3つ目の永住許可制度の適正化については、育成就労制度に関する問題というより、日本の外国人受け入れの在り方全体に関わる問題だと言える。今般の見直しでは、税金や社会保険料の納付を故意に怠った場合、一定の刑罰法令違反により拘禁刑に処せられた場合などにおいて、永住権の取り消しが可能となる。本件は、有識者会議の議論に無かった内容であり、国会の審議においても与野党間で大きな争点となった。参院では、永住者などの不安に配慮する形で、永住権が取り消しとなる具体的な事例についてガイドラインを作成し、特に慎重な運用に努めることが付帯決議
7に記された。
本来的には、関係者などから十分に意見を聴取したうえで、もっと時間を掛けて議論すべき内容であったと考えるが、少なくとも恣意的な運用が為されないよう、歯止めを掛けることは必要である。経団連の提言
8にもあるように、外国人の受入れは、質量両面で十分にコントロールされた秩序あるものであることが重要である。ただ、人権への配慮は、外国人の受け入れにおいても大前提であり、日本が外国人から倦厭されることがないよう、しっかり議論していくことが必要となる。
6 毎日新聞「OECD、日本の外国人労働者政策で初の報告書 監理団体など評価」(2024年5月30日)
7 付帯決議は、政府が法律を執行するに当たっての留意事項を示したものであるが、法的効力を有するものではない。
8 一般社団法人日本経済団体連合会「2030年に向けた外国人政策のあり方」(2022年2月15日)など
4――おわりに