「育成就労」制度の創設-人権保護と人材育成、それからステルス移民?

2024年06月14日

(鈴木 智也) 成長戦略・地方創生

4人材育成の強化
育成就労制度では、人材育成の制度的な枠組みも強化される。これまで技能実習制度と特定技能制度は、それぞれ別の制度として運用されて来たが、育成就労制度では制度間の接続性を改善し、新制度を特定技能制度の前段階にあるものとして整理する[図表5]。

受入対象となる職種・分野については、両制度で原則として一致するよう調整が図られることになり、外国人労働者にとってはキャリアアップの道筋が明確になる。育成就労制度で受け入れた未熟練労働者は、制度を通じて専門性やスキルを高めることで、中技能労働者を対象とする特定技能1号に移行し、さらに技能を磨くことで特定技能2号に移行することが可能となる。特定技能2号は、在留年数に制限がなく、家族帯同も可能な在留資格であることから、頑張れば将来的に永住権を取得することも可能となる。
ただし、育成就労制度では、特定技能への移行に試験の合格が必須になる。これまで技能実習制度では、技能実習2号を良好に修了することで、特定技能の技能評価試験と日本語試験が免除されてきたが(実習ルート)、新制度ではこれがなくなり、技能などの習得状況を客観的に評価する仕組みに改められる[図表6]。

人材育成では、とりわけ日本語能力の向上に重点が置かれる。外国人労働者には、(1)就労開始前時点で日本語能力試験N55の合格、または、日本語講習を認定日本語教育機関等において受講することが求められ、就労開始後、(2)1年目に日本語能力試験N5(および技能検定基礎級)の合格、(3)育成期間終了の3年目に日本語能力試験N4等(および特定技能1号試験)の合格が必須になる。その後、さらに特定技能2号に移行するには、(4)1号への移行後5年目までに日本語能力試験N3等(および特定技能2号試験)に合格しなければならない。

外国人への日本語教育を強化するため、企業(受け入れ機関)にはインセンティブも用意される。企業は優良認定されると、外国人の受入れや申請手続きなどで、様々な優遇を受けることができるが、この認定要件に日本語教育支援の取組みが入る見込みである。
 
5 日本語能力試験の主催者である国際交流基金と日本国際教育支援協会によれば、各日本語能力試験の認定目安は、N5「基本的な日本語をある程度理解することができる」、N4「基本的な日本語を理解することができる」、N3「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる」レベルとされる。
5残された課題
今般の見直しは、制度変更を伴う大きな改定であったと言えるが、課題と言える部分も少なからず残されている。中でも大きな課題と言えるのが「転職のハードル」「制度の実効性」「永住許可制度の適正化」の3つである。

1つ目の転職のハードルについては、今般の見直しで転職制限を課される期間が、原則3年から「分野ごとに1年から2年」に短縮される。ただし、実際に外国人労働者の転職が容易になるか否かは、転職先となる企業が増えるか否かにも掛かっている。例えば、転籍制限が最長の2年となった場合、育成就労制度のもとで働ける期間は1年であり、その後は、転職の自由度が高まる特定技能1号に移行していく。新たに転職者を雇い入れても、人材のグリップ力は弱くなっていくため、自社で新規に雇い入れた方が、人材戦略を立てやすいと考える企業があってもおかしくはない。また、転職先の企業は、転職前の企業が支払った初期費用の一部を負担する。仮に、この負担が相対的に重いものとなれば、転職者を受け入れる側の企業にインセンティブは働かなくなる。

転職制限を巡っては、有識者会議が「1年」との提言を出したあと、政府与党内の議論を経て「1年から2年」に変わったという経緯がある。この背景には、人材を安定して確保したい企業側の要望、とりわけ人材不足に喘ぐ、地方や中小企業の意向が強く反映されたものであることが推察される。日本の外国人就労政策が、専ら中小企業政策として機能している側面があることを考えれば、それほど意外感のあるものではないが、外国人を労働者として呼び込む以上、転職制限は本来的には課されない方が望ましい。衆院では、都市部への人材流出を懸念する声に配慮し、過度な集中が起きないよう「必要な措置を講ずる」ことが付則に明記された。もちろん地方の人手不足は深刻であり、人材の都市部流出を避ける仕組みは必要だろうが、労働者を1つの企業に縛り付け、企業間の健全な競争を避けることまでは必要ないだろう。

2つ目の制度の実効性については、枠組みの変更よりも、見直された内容に実効性が伴うことが、より重要だということである。育成就労制度では、監理団体が「監理支援機関」に変わり、外国人技能実習機構が「外国人育成就労機構」に変わる。外部監査人の設置が許可要件となるなど、外国人労働者の保護に関する規定は強化されているものの、基本的な受け入れの枠組みは、技能実習制度を引き継ぐものとなっている。2017年に技能実習適正化法が施行された際にも、悪質なあっせん業者の排除が進むことなどが期待されたが、2023年の技能実習生の失踪が過去2番目に多い9,006人となり、十分な効果が挙がっているとは言い難い状態にある。

監理団体や技能実習機構による支援や監督・指導の仕組みは、経済協力開発機構(OECD)の報告書6の中でも評価されているように、必ずしも否定されるものではない。ただ、手数料の不透明性に関する問題や指導・監査に係る問題は指摘されるところであり、改善が必要な部分もある。こうした状況を踏まえれば、今般講じられた措置が、しっかり機能していくことがより重要だと言えるだろう。

3つ目の永住許可制度の適正化については、育成就労制度に関する問題というより、日本の外国人受け入れの在り方全体に関わる問題だと言える。今般の見直しでは、税金や社会保険料の納付を故意に怠った場合、一定の刑罰法令違反により拘禁刑に処せられた場合などにおいて、永住権の取り消しが可能となる。本件は、有識者会議の議論に無かった内容であり、国会の審議においても与野党間で大きな争点となった。参院では、永住者などの不安に配慮する形で、永住権が取り消しとなる具体的な事例についてガイドラインを作成し、特に慎重な運用に努めることが付帯決議7に記された。

本来的には、関係者などから十分に意見を聴取したうえで、もっと時間を掛けて議論すべき内容であったと考えるが、少なくとも恣意的な運用が為されないよう、歯止めを掛けることは必要である。経団連の提言8にもあるように、外国人の受入れは、質量両面で十分にコントロールされた秩序あるものであることが重要である。ただ、人権への配慮は、外国人の受け入れにおいても大前提であり、日本が外国人から倦厭されることがないよう、しっかり議論していくことが必要となる。
 
6 毎日新聞「OECD、日本の外国人労働者政策で初の報告書 監理団体など評価」(2024年5月30日)
7 付帯決議は、政府が法律を執行するに当たっての留意事項を示したものであるが、法的効力を有するものではない。
8 一般社団法人日本経済団体連合会「2030年に向けた外国人政策のあり方」(2022年2月15日)など

4――おわりに

4――おわりに

1前向きな評価
今般の制度見直しにより、日本の外国人政策は大きく変わる。外国人を「いつか帰る人」と位置づけ、短期間でローテーションしていくことを前提としてきた在り方は、受け入れた外国人を育て、有為な人材を日本に長く留め置く、外国人が長期間、日本に滞在することを前提とした政策に変わっていく。少子高齢化により人口減少が急速に進んでいく日本では、すでに外国人は貴重な戦力として定着している。今般の見直しは、そうした外国人の頑張りに報いる方向への変化であり、前向きに捉えることができる。
2選ばれる企業
ただ、少なからず残された課題もある。転職制限が残るのも、その一例である。こうした課題に対処するには、受け入れ制度の改善と共に受け入れ側の企業や産業が努力していくことも必要になる。働き手の減少が進む中で人材を確保することは、個々の企業にとって死活的に重要な経営課題となるが、日本経済をマクロで見れば、非効率な主体に人が縛り付けられて、そのまま温存されるようなことは望ましくない。足元では、デフレ時代のノルムが転換し、企業経営は「コスト削減」から「付加価値の創造」に変わり、人は「コスト」から「宝」に変わりつつある。そうした中で、外国人を安い労働力として、ただ充てにするだけでは持続性に欠けてしまう。企業や産業の魅力を高めるには、外国人を含めた多様な個人が、個々の能力を最大限に活かして働くことのできる環境を作っていくことが望ましい。企業には、そうした環境や体制を作っていくことが求められるだろう。
3ステルス移民?
今後、日本で暮らす外国人は増えて行くことが見込まれる。現在、総人口に占める割合が2%程度に留まる外国人は、国立社会保障・人口問題研究所の推計では、2070年頃に総人口の1割を占めるまでになるとされる[図表7]。

育成就労制度の導入により、未熟練労働者が能力を高めていけば、最終的に人材としてプールされるのは、高度な技能を有する人材ということになる。これは、日本の労働市場に質の高い労働力が供給されるということであり、日本経済にとって潜在的な成長力を高める、プラスの効果を及ぼすことが期待できる。

その一方で、育成就労制度から移行可能な特定技能2号は、在留期間に制限が無く、家族帯同も認められる、いわゆる移民の受け入れに近い在留資格となる。育成就労制度では、各分野に受け入れ上限が設定され、無制限な受け入れとはならないものの、人口減少が進む中で人手不足に陥る企業や産業は増えることが予想され、実質的に人手不足を解消する目的で使われてきた技能実習制度が、その過程で受け入れ職種を増やして来たことを踏まえると、その傾向は変わらないと見ることは自然だろう。受け入れ規模や対象分野の拡大が、国会の議論を経ることなく省令で可能な現状を踏まえると、謂わば「ステルス移民」とも言える形で受け入れが進んでいくことは考えられる。外国人の受け入れは、経済的なメリットが期待される一方で、社会的コストが増える面もあり、その規模や受入れの在り方については、国民的な議論の中で最適なバランスを見つけていくことが望ましいと思われる。
4選ばれる日本
なお、外国人の数が増えて、日本に長く滞在するようになれば、様々な背景を有する個人が、互いの違いを認めながら生きていく、多文化共生の取組みは重要性を増す。すでに「外国人との共生社会の実現に向けたロードマップ」などが策定され、様々な取組みが進行中であるが、外国人に必要とされる支援は、コミュニケーションの基礎となる日本語教育だけでなく、外国人子女に対する教育、住宅の確保、金融サービスのアクセス改善、日々の生活サポートなど多岐に渡る。こうした取組みは、専ら自治体が担っているが、リソース不足もあって思うように進んでいない部分もある。これらは、社会の調和を維持していくうえで欠かせないものであり、しっかり手当していくことが必要だろう。

育成就労制度は、2027年までに施行が予定される。制度施行後には、5年を目途に法律の施行状況を確認し、必要があると認められるときは、所与の措置を講じることが定められている。この制度の導入により、外国人の受け入れが適正な形で進み、世界から選ばれる日本に大きく変わっていくことに期待したい。

【参考文献】
・技能実習制度及び特定技能制度の在り方に関する有識者会議「最終報告書」(2023年11月30日)
・出入国在留管理庁「特定技能制度及び育成就労制度について」(2024年3月27日)
・鈴木江里子「技能実習制度の問題点は継続」金融ファクシミリ新聞(2024年4月22日)
 
 

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総合政策研究部   准主任研究員

鈴木 智也(すずき ともや)

研究領域:

研究・専門分野
経済産業政策、金融

経歴

【職歴】
 2011年 日本生命保険相互会社入社
 2017年 日本経済研究センター派遣
 2018年 ニッセイ基礎研究所へ
 2021年より現職
【加入団体等】
 ・日本証券アナリスト協会検定会員

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