貿易データを見ると、デリスキングへの動きは、中国の輸出国としての躍進に歯止めをかけつつあるように見える。貿易の地域間のフロー、特に西側と中国、ロシアとの間では、「地政学的な距離」
4と「地理的な距離」と連動した変化が見られるからだ。
「2023年版 ジェトロ世界貿易投資報告」では、IMFが作成する統計(DOTS)を補完したデータによる地域間の貿易額のマトリクスの2023年1~3月期と2021年1~3月期との比較に基づいて、同志国や近接国との貿易関係が強まる傾向を明らかにしている。フレンドショアリングやニアショアリングの傾向が見られるのである。
Bush, J. (ed.). (2024)は、2017年~2023年までの主要国・地域の貿易データを分析し、米国、中国、ドイツについて「地政学的な距離」を反映した変化、つまりデカップリングあるいはデリスキングやフレンドショアリングによる貿易の再構成(reconfiguration)の傾向が見られることを明らかにしている。
EUは、関税同盟・単一市場を形成しているため、もともと域内貿易の比率が高いが、英国の離脱(2020年2月1日)、コロナ禍を経て、一段と域内貿易比率が高まっており、フレンドショアリングやニアショアリングの傾向を趨勢的に強めている(図表4)。
但し、「地政学的な距離」による分断は全世界的に生じているものではなく、「地理的な距離」に関する変化も一様ではないことに注意したい。Bush, J. (ed.). (2024)は、2017年以降、米国では隣接するメキシコとの貿易拡大が観察されると同時に、地理的に離れたASEAN、特にベトナムからの輸入が増えている。中国も「地政学的な距離」のある米国、欧州、日本などとの貿易が減少し、西側への貿易依存度が低下する一方、グローバルサウスとの貿易は、地理的にも離れた中南米やアフリカも含めて増加傾向にあり、多様化(diversification)が進みつつある。Bush, J. (ed.). (2024)は、「地政学と貿易の幾何学」をテーマに、米国、英国、ドイツ、中国というデリスキングの当事国のほか、ASEAN、ブラジル、インドも分析対象とし、グローバルサウスの大国・地域は、地理的距離や地政学的距離にとらわれない傾向が観察されることも明らかにしている。
4 国連総会での投票行動がベンチマークとして用いられている。Bush, J. (ed.). (2024)では、安全保障や二国間協定などの経済的な結びつきを必ずしも反映しないことなどを挙げて、国連総会での投票行動を地政学的な距離の指標として用いることの限界について解説している(詳細は9ページのsidebar1を参照)。
(2)二国地域間のフロー
貿易フローの直近の変化は、米国、中国、EU、日本の主要貿易相手国・地域との貿易額とその構成比の時系列のデータを見るとより明確になる。
( 米 国 )
米国の貿易統計では、かなりドラスティックな、貿易の再構成が見られる。
輸出では2023年は主要国・地域向けが総じて伸び悩んだが、EU向けは拡大した(図表5−①)。米国からEUへの輸出の増加は、2022年にウクライナを侵攻したロシアがEUへのガス供給を大幅に削減したことで生じた「穴」の一部を米国からEUへのLNG輸出で補ったことを示す。危機時のフレンドショアリングの反映である。
輸入では中国への依存度の低下が目立つ(図表5−②)。米国の輸入相手国に占める中国のシェアは、2017年の21.6%をピークに低下してきたが、2023年には、最大の輸入相手国が中国からメキシコに交替した。第3位のカナダと中国の差もピーク時の2018年には2200億ドルに上っていたが、2023年には61億ドルまで縮まっている。米国のインフレ削減法(IRA)がEV税額控除中最終組み立てを北米(米国、カナダ、メキシコ)で行うことを要件とするなど、カナダは対米輸出において有利になっている。中国の輸入相手国第3位への転落も近いと感じられる。