成長率目標や財政・金融政策の方針など、概ね巷間の予想と同様であり、サプライズとなるような内容はみられなかった。
「+5%前後」の成長率目標は、前年から据え置きとなった。李首相が述べたように、「目標の実現は決して容易ではない」ものの、先行きに対するマインドを上向かせるため、高めの目標を掲げたものとみられる。デレバレッジなど痛みを伴う改革はいったん棚上げとし、経済の加速に重点を置いた経済運営が進められる見込みだ。実際の成長率は、2023年実績の+5.2%から+4%台に低下するとの見通しがコンセンサスだが、23年については、ゼロコロナ政策の反動で成長率が+3%まで低下した22年との2年平均でみれば+4.1%となるため、この水準を下回らなければ、24年は実勢として回復に向かっていると評価してよいだろう。また、財政赤字の計画から想定される名目GDP成長率は+7.4%であり、名目成長率が実質成長率を下回りデフレ懸念が高まった23年の状況は改善することを想定しているようだ。この水準通りとならずとも、GDPデフレータが前年比でプラスに転じれば、体感としての回復感も強まってくると考えられる。
財政・金融政策のスタンスについては、23年12月に開催された中央経済工作会議で発表された内容が踏襲された。需要不足が続く中で期待される財政政策の規模に関しては、財政赤字のGDP比が23年の当初予算と同じ3%とされた。また、24年から複数年度にわたり「超長期特別国債」を発行する方針が公表され、24年については「まず1兆元を発行する」とされた。超長期特別国債の発行は、過去に類をみない目新しい施策ではあるものの、地方専項債などその他の財源を含め、財政政策の全体的な規模は2023年と概ね同程度になるとみられる。真水としての規模は現時点で定かではないが、23年の補正予算で計上され発行が進められている特別国債と24年から発行される超長期特別国債は、少なからず公共投資に投じられるとみられ
2、24年にその効果が顕現することが期待される。もっとも、これまでの公共事業で主要な財源であった融資平台の資金や土地使用権収入は、不動産不況や後述の地方政府債務リスクの抑止によって下押しされるため、公共投資全体の伸びが高まる可能性は低いとみている。公共投資以外の政策としては、産業育成・競争力強化や、耐久消費財の買い替えや設備更新の促進に向けた具体策(減税や補助金、金融支援等)が今後打ち出される可能性がある
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不動産や地方政府債務など、リスクへの対応方針も、これまでに発表された方針を踏襲した内容となっている。不動産に関しては、民営デベロッパーを念頭においた金融機関による資金繰り支援が当面のリスク防止策として挙げられているが、それだけで不安定さを払拭できるかは不透明であり、不動産リスクは引き続き燻ぶることになりそうだ。地方政府債務に関しては、地方政府への付け替えや金融機関によるつなぎ融資などを続け、当面のリスク防止を図るものとみられる。地方債管理の制度としては「全体をカバーする地方債務モニタリング・監督管理システムの整備」が提起された。中長期的観点で地方債務リスクを展望するうえで、具体的にどのような制度が構築されるのか、注目に値する。参考となり得るのは日本の事例だ。日本では、バブル崩壊後に悪化した地方財政の健全化を図るため、2007年に「地方公共団体の財政の健全化に関する法律」が公布され、第3セクターの債務なども考慮した地方財政のモニタリングが始まった。これと同様のコンセプトの制度構築が進むのかもしれない。
以上を総じて、不動産市場の安定化策が不透明な点を除けば、当面の景気の安定と中長期の構造的課題のバランスを踏まえた現実的な策が打ち出されていると評価できる。これら政策の効果を十分なものとするうえでは、複雑に関係する個別の政策をうまくコーディネートするとともに、情勢の変化に応じた柔軟な対応がとれるのか等、政策運営のあり方がポイントとなるだろう。習総書記を中心とする党に意思決定の権限が移るなか、トップダウンによるスピード感ある意思決定がなされるのか、あるいは体制の硬直化や政策形成・実施プロセスの複雑化などが有効かつ円滑な政策運営を妨げるのか、今後の運営について観察を続ける必要がある。
なお、23年に大きく落ち込み注目された外資企業の対中直接投資に関しては、ネガティブリストを引き続き縮小する等、外資参入を促進する方針が示された。もっとも、近年懸念が高まっている改正反スパイ法を巡り、前日に開催された全人代スポークスマンの記者会見では、改正の趣旨が外国からは誤解されているとの考えが強調される等、外資企業の懸念と中国当局との認識との間の隔たりがまだ埋まっていないことが示唆された。中国政府は23年から外資企業とのコミュニケーションの場を拡充しているが、この問題に関する企業側の懸念が十分に当局側に理解、認識され、具体的な着地点が見出されるかについては、依然不透明な状況が続きそうだ。
2 23年末から発行されている特別国債は、防災・減災関連インフラなどに用いられるとされている。24年から発行される超長期特別国債の具体的な用途は現時点では不透明だが、産業の高度化や新型インフラ、安全保障に関するインフラ(食糧、水運、資源備蓄、ネットワーク・データセンター等)などに用いられる可能性がある。
3 例えば、24年予算案では、「産業基盤の再構築や製造業の質の高い発展」に向けた予算措置や、集積回路や次世代情報技術産業の発展に向けた産業投資基金の機能最適化、基礎研究に対する予算の拡大のほか、「消費を奨励、誘導する財政・税制について検討する」方針などが示されている。消費財の買い替えや設備更新の促進は、2月23日に開催された中央財経委員会でもアジェンダとして挙がっており、今後具体策の検討が進むと予想される。