ピューリサーチセンターによる在宅勤務が可能な労働者を対象にした23年2月の調査では、在宅勤務の評価として「仕事と私生活のバランスをとる自由度」に大いにと少し影響するとの回答の合計が71%に上っており、在宅勤務によって仕事と私生活の柔軟な時間配分が可能となったことが評価されている(図表7)。また、「仕事をやり遂げる能力/期限を守る能力」でも56%が同様の回答をした。もっとも、「仕事と私生活のバランスをとる自由度」に関しては大いにと少し悪影響があるとの回答の合計が12%と一定程度あり、仕事と私生活の境界が曖昧になり、労働時間が長期化するなどの弊害も指摘されている。
その反面、「同僚とのつながりを感じる」で大いにと少し悪影響があるとの回答が53%となったほか、「職場で指導を受ける機会」でも36%が同様の回答をした。このため、在宅勤務は若手の教育機会を喪失させて長期的にみた組織の生産性に影響するかもしれないとの指摘
5がある。
また、在宅勤務によるイノベーションへの影響に関してはコロンビア大学のBrucks氏らの研究
6でブレーンストーミング活動にはビデオ会議ではなく、対面会議が有効との調査結果があり、完全在宅勤務がイノベーションを低下させる可能性が示唆されている。もっとも、同研究結果からはアイディアの選択に関してはビデオ会議と対面会議で効果に差がないことが示されており、効果の差は開発の初期段階に限られるようだ。
このように、完全在宅勤務のメリットとして、通勤時間の削減、仕事と私生活の間の柔軟な時間管理、オフィススペース削減に伴うコスト削減などが挙げられる。デメリットは仕事と私生活の境界が曖昧になることに伴う労働時間の長期化やストレス増加、他の従業員との対面コミュニケーションが減少することで孤独感が増すことや、イノベーションの低下、若手の教育機会の喪失などが指摘されている。
一方、在宅勤務の生産性に与える影響については経営者と労働者の認識に大きな開きがある。その大きな理由は通勤時間の扱いによる。労働者は生産性を評価する際に労働時間に通勤時間を加えて評価する傾向があり、同じ労働生産を前提にすると通勤時間が短縮された分、生産性が向上したと考えるスタンフォード大学のBloom氏らは、23年1月から6月までのSWAA調査では在宅勤務可能な労働者の43%が在宅勤務の方が、生産性が高いと回答する一方、生産性が低いとの回答は14%に留まったとしている
7。また、Bloom氏らによる別の研究
8では 労働者が在宅勤務の生産性の利点はおもに通勤時間の節約にあると自己評価していることを示している。それに対して経営者は通勤時間を除外して考えるため、生産性が向上しないと考える傾向がある。
また、前述のように業種によって在宅勤務との親和性が大きく異なるほか、企業が在宅勤務を機能させるためにコミュニケーション、業績評価、管理慣行をどのように適応させているかによっても異なる結果が得られるようだ。
さらに、在宅勤務でも完全在宅勤務とハイブリッド勤務では生産性の評価に違いがみられる。完全在宅勤務と完全出社と比べた研究ではニューヨーク連銀のEmanuel氏らがフォーチュン500企業のコールセンターでコロナ禍以前に出社勤務していた従業員を完全在宅勤務に移行させることで生産性が▲4%低下したことを示した
9。また、シカゴ大学のGibbs氏らによるアジアの大手IT企業の人事データを用いて、コロナ禍前と完全在宅勤務に移行した後の生産性を比較した研究
10でも労働時間が増加した一方、平均生産量は僅かに減少し、生産性が▲8~19%低下したことが示されるなど、完全在宅勤務の生産性が完全出社に劣るとの結果が複数報告されている。
一方、ハイブリッド勤務では逆に完全出社に比べて生産性の向上が認められるか、あるいは明らかな効果が認められないとの研究成果が複数みられている。前述のBloom氏らによる大手テクノロジー企業の従業員を対象にした無作為化対照試験ではハイブリッド勤務への移行に伴う生産性の影響はほとんど観測されなかったことを示した
11。もっとも、生産性の向上はみられなかったものの、前述のように離職率が▲33%減少するなど従業員からは高く評価された。また、ハーバード大学のChoudhury氏らによるバングラディシュ企業の従業員に対する出社日数のランダム化による研究
12からは週1日~2日程度の頻度で在宅勤務を行うハイブリッド勤務では送信されるメールの数が多くなるなど、ハイブリッド勤務が完全出社と完全在宅勤務の両方の長所を持つ可能性を示した。
このため、在宅勤務が可能な企業がハイブリッド勤務を採用することでオフィス削減コストなどは享受できないものの、完全在宅勤務のデメリットを回避しつつ、従業員の支持が高いハイブリッド勤務を採用することで従業員のモチベーションを高めつつ、生産性の向上を狙うことも可能だ。
5 Jose Maria Barrero, Nicholas Bloom, and Steven J. Davis "The Evolution of Work from Home" Journal of Economic Perspectives (23年秋号)https://wfhresearch.com/wp-content/uploads/2023/11/Evolution-of-Work-From-Home-Published.pdf
6 Melanie S. Bruck, Jonathan Levav "Virtual communication curbs creative idea generation" Nature(22年4月掲載)https://www.nature.com/articles/s41586-022-04643-y
7 Jose Maria Barrero, Nicholas Bloom, and Steven J. Davis "The Evolution of Work from Home" Journal of Economic Perspectives (23年秋号)https://wfhresearch.com/wp-content/uploads/2023/11/Evolution-of-Work-From-Home-Published.pdf
8 Jose Maria Barrero, Nicholas Bloom, Steven J. Davis "WHY WORKING FROM HOME WILL STICK" NBER(21年4月) https://www.nber.org/system/files/working_papers/w28731/w28731.pdf
9 Natalia Emanuel, Emma Harrington "Working Remotely? Selection, Treatment, and the Market for Remote Work" NY Fed STAFF REPORTS(23年5月) https://www.newyorkfed.org/medialibrary/media/research/staff_reports/sr1061.pdf?sc_lang=en
10 Michael Gibbs, Friederike Mengel, Christoph Siemroth "Work from Home & Productivity: Evidence from Personnel & Analytics Data on IT Professionals" BFI WORKING PAPER(21年7月)https://bfi.uchicago.edu/working-paper/2021-56/
11 Nicholas Bloom, Ruobing Han, James Liang "HOW HYBRID WORKING FROM HOME WORKS OUT" NBER(23年1月)https://www.nber.org/system/files/working_papers/w30292/w30292.pdf
12 Prithwiraj Choudhury, Tarun Khanna, Christos A. Makridis and Kyle Schirmann, "Is Hybrid Work the Best of Both Worlds? Evidence from a Field Experiment" Harvard Business School Working Paper(22年3月)https://www.hbs.edu/faculty/Pages/item.aspx?num=62281