前回のコラムでは、インフレが実体経済(消費など)にどのように影響するかは単純ではなく、消費の押し上げ要因にも押し下げ要因にもなり得るという話題を取り上げた
1。本稿では、24年から新制度となるNISA(「新NISA」)が実体経済にどのように影響するか考えて見たい。結論から言えば、インフレと同様に新NISAが実体経済に及ぼす影響も単純ではない。
NISAは株式や投資信託の運用から得られる収益を(一定額まで)非課税にする制度であり、実体経済とは関係がないと考える人もいるかもしれない。しかし、実体経済活動と資産運用はコインの表と裏のように密接に関係している。個人の行動で言えば、実体経済の活動(主に労働)から得た収入(主に労働所得)のうち、消費や実物投資(主に住宅購入)として使われなかったお金が資産運用(例えば、株式の購入)にまわるからである
2。
新NISAは、株式や投資信託といった金融商品での運用の魅力を高める制度である。具体的には、年間で360万円(つみたて投資枠が年間120万円、成長投資枠が年間240万円)、総枠で1800万円(うち成長投資枠1200万円)まで、対象となる金融商品から得られた収益(分配金や売却益)が非課税となる。
所得が多く、十分に運用資金を拠出できるという家計であれば、この枠いっぱいまで新NISA口座で運用すれば、非課税メリットを最大限享受できる。所得がそれほど多くないという家計も、余剰資金を新NISAで運用すれば非課税メリットを得られるが、枠上限に到達しない場合、消費や実物投資を減らして運用資金を増やし、新NISAから得られる非課税メリットを増やそうとするインセンティブが生まれる。新NISAは非課税期間が無期限であり、早期に金融資産を保有して長期間運用するほどそのメリットは大きくなりやすい(長期に保有すればするほど、非課税となる収益が増加しやすい)
3。そのため、新NISAが始まった直後から、できるだけ多くの金額をこの枠で運用したいと思う人がいるかもしれない。
前回のコラムでは消費増税の例を示した(消費税率引き上げでは、前倒し消費をすることで消費者は増税のデメリットを避けられる=メリットを得られる)が、今回はその逆(消費を後倒しして新NISAでの運用にまわすことで、非課税のメリットが得られる)と言える
4。新NISAが開始されたことで、不要不急の消費を後倒して運用資金を拠出する人もいるかもしれない。
家計調査によれば、2人以上の勤労者世帯が金融資産の運用にまわしているお金(金融資産純増額)は月々約17万円(22年の平均)
5である。新NISAの投資枠は年360万円であり、月平均でみれば1人あたり30万円分の枠がある。(18才以上の)2人世帯であれば、60万円の枠が利用できるが、日本人は平均的にはそれほど高額のお金は運用にまわしていないことになる。つまり、借入をせずに月々の所得を新NISAの運用にまわし、そのメリットを最大限享受しようと思った場合、節約が必要となる。
ただし、マクロで見た場合、多くの家計が節約を行うと、むしろ経済活動水準が落ちて、所得も減ってしまうという現象も起こり得る。これは、「合成の誤謬」の典型例として知られる
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端的に言えば、新NISAの開始を受けて、多くの家計が金融資産の運用のために節約をしようと考えるのであれば、むしろ経済全体の消費が低迷し、実体経済の活動も鈍化する可能性がある(さらに、「合成の誤謬」により、マクロでみた資産運用資金が増えるとも限らない)。
一方で、すでに預金や非NISA口座で金融資産を運用している(つまり、すでに金融資産を多く保有している)という家計であれば、節約しなくても、保有している金融資産の一部を新NISAに振り替えることができる。日本の家計は2000兆円以上の金融資産を保有している(その過半が現預金である)ことから
7、マクロで見た家計の金融資産保有額は多い。また、家計調査によれば2人以上世帯で見て平均値で約1900万、中央値で約1200万円の金融資産を保有している(22年)
8。新NISAの非課税保有限度額1800万円(2人で3600万円)と比べると少ないものの、当面は既存の金融資産を振り替えることで、新NISAのメリットを最大限享受できる
9。新NISAの利用により、将来に得られると期待される資産運用収益が非課税分だけ増加すれば、生涯所得が増える。現在の消費量が生涯所得に比例するという「ライフサイクル仮説」によれば、生涯所得の増加は現在の消費量を押し上げる
10。加えて、株式や投資信託の購入需要が増加することで、金融資産の価格が上昇する可能性もある
11。これも消費を刺激する可能性があり、「資産効果」と呼ばれる
12。
上記で見た消費を減少させるケースや、増加させるケースはいずれも極端な状況を想定したものであり、どちらの効果が大きくなるかは、一概には言えない。いずれにしても、新NISAでは優遇内容がかなり拡充され、報道も多く、注目度が高い。個人投資家から見ると恩恵の多い改善だが、その実体経済への影響を想像することは、面白い頭の体操にもなる。新NISAの利用動向は、マクロ経済の視点から注目である。