2022年9月、国連障害者人権委員会は、障害者権利条約に関する日本政府報告に対する総括所見を発表した。その中で、障害者権利条約24条(教育)に関して、
- 分離特別教育を終わらせることを目的として、障害のある児童が障害者を包容する教育(インクルーシブ教育)を受ける権利があることを認識すること。
- 特別学級に関する政府の通知を撤回すること。
等の日本への勧告(総括所見ではrecommendではなく、urgeというより強い表現が使われている。)が行われた。(下線筆者)
これに対し、文部科学省は大臣記者会見で、「特別支援学校ですとか特別支援学級に在籍するお子様が増えている中で、現在は多様な学びの場において行われます特別支援教育を中止することは考えてはおりません。」「勧告で(通知の)撤回を求められたのは大変遺憾であると思っております。」(()内筆者追記。)と国連の勧告に沿った対応をすぐに行う姿勢は見せていない。
知的障がい者は、明治時代に義務教育制度が確立した後、そして戦後、日本国憲法で改めて義務教育が明記された後も、義務教育の猶予・免除という形で、その枠外に置かれ、排除されてきた。その歴史を考えれば1979年の養護学校の義務教育化により知的障がい児に学びの場が確保されたことは画期的な成果であった。
しかし、同様の分離教育を行っていた海外では、分離するのではなく障がい者も障がいのない者も共に同じ場で学ぶインクルーシブ教育が提言され、その実践の中で、インクルーシブ教育が分離教育を上回る成果を出すというアカデミックな実証結果が積み重ねられてきた。もちろんインクルーシブ教育先進国においても特別支援学級・学校に相当する分離教育が全て無くなっているわけではなく、多くの国が「分離教育を終わらせることを目的として」様々な取組みに努力している状況にある。
国連から撤回を求められた通知を見てみよう。2022年4月27日に発出された「特別支援学級及び通級による指導の適切な運用について」という文部科学省初等中等教育局長通知である。その中に「特別支援学級に在籍している児童生徒については、原則として週の授業時数の半分以上を目安として特別支援学級において児童生徒の一人一人の障害の状態や特性及び心身の発達の段階等に応じた授業を行うこと。」とある。これが国連の指摘する「特別学級の児童が授業時間の半分以上を通常の学級で過ごしてはならないとした、2022年に発出された政府の通知。」である。
文部科学省は、通知発出の背景として「特別支援学級に在籍する児童生徒が、大半の時間を交流及び共同学習として通常の学級で学び、特別支援学級において障害の状態や特性及び心身の発達の段階等に応じた指導を十分に受けていない事例があることが明らかとなりました。」といった状況があることを示している。文部科学省が指摘する配慮が必要な障がい者が通常学級において、合理的な配慮や必要な支援なしに放置されている状況は改善が必要であることは明らかである。そのためにより支援が可能な特別支援学級での学びの時間を増やした方が良いケースもあるだろう。だからと言って、その児童生徒の本来の居場所が特別支援学級だ、ということにはならない。
改善の方法は、通常学級における受け入れ態勢の整備であり、そうした整備を行わずに安易に通常学級に放置している市町村へのきめ細かい指導であろう。通知に書かれている「一人一人の教育的ニーズに最も的確に応える指導を提供できるよう、多様で柔軟な仕組みを整備することが重要」であるとの認識、「機械的かつ画一的な教育課程の編成が行われている」といった課題の指摘に対する答えが、全国一律の「半分以下」という通知であるのは明らかな矛盾である。だからこそ、多様で柔軟な対応をしてきた先進的な市町村においてこの通知が大きな混乱をもたらしたのであろう。
多様で柔軟な仕組みを整備することが必要な障がい者教育の世界において、国から市町村への画一的な行政をできるだけ避け、分離特別教育を将来において終わらせるという大きな目標を共有し政策を進めていくことが政府に求められている。