次に、タクシードライバーの年齢制限と安全対策の仕組みについて説明する
2。年齢制限は、法人タクシーと個人タクシーで制度が大きく異なる。まず法人タクシーの場合は、法律による年齢制限は無く、個々のタクシー会社の経営判断に任されている。法人タクシーの業界団体である一般社団法人「全国タクシー・ハイヤー連合会」(以下、全タク連)によると、タクシー会社によっては、定年を「65歳」、定年後の継続雇用の上限を70~74歳などと定めている場合もあるが、これらの定めが無いタクシー会社も多く、事実上は青天井になっている
3。
これに対し、個人タクシーは、2002年の改正道路運送法施行に合わせて運用基準が変更され、個人タクシー事業を開業する場合は、認可申請日時点で65歳未満、その後の更新(概ね3年ごと)は75歳未満と定められた。ただし、これより前から開業していたドライバーには適用されないため、図1のように、75歳以上のドライバーも乗務している。
このように、法規制の有無だけで見ると扱いが違い、個人タクシーだけに法令で「定年」が課されているのは不公平だと感じる人もいるかもしれない。しかし、法人タクシーの場合は、法令で運行管理責任者を選任し、乗務前の点呼と健康状態の確認、定期的な安全教育を実施することが義務付けられている。運行管理者の指示がきちんと守られるように、会社で運行管理担当の役員を決めるなど、指示系統を明確化することも求められている。また、車両の点検・整備を行う整備管理者の選任も義務付けされている。さらに雇用主は、個々のドライバーの運転の様子を見て、雇用継続するかどうかの判断をしている。つまり、主に「運行管理者」と「雇用主責任」によって、安全対策が履行されていると言える。
一方、個人タクシーには、これらの仕組みがない。そのため、一定期間、道路交通法(以下、道交法)違反による処分を受けていない「優秀適格者」であることが許可条件とされているが、高齢化対策としては、これと言ったものは無い。1種免許のドライバーと同様に、道交法に基づく認知機能検査(75歳以上が対象)や運転技能検査(一定の違反歴がある75歳以上が対象)などが、安全対策の柱となっている。もちろん、中には75歳を超えても正常な視力や聴力、運転技能を保ち、安全運転をしている人もいると思うが、法人と違って、それを確認する役目を果たす人がいないため、一律に上限年齢を課していると言える。
そこで今回の国交省の改正案に話を戻すと、個人タクシーの上限年齢を「80歳未満」まで認める場合の条件を付している。それは、個人タクシーが、同じ営業区域の法人タクシー会社と連携し、法人タクシーから運行管理を受ける体制整備を行うことである
4。つまり、法人タクシーの安全対策の「肝」である運行管理者の機能を個人タクシーにも付加することで、80歳の高齢ドライバーであっても、何とか安全性を持たせようというものである。しかし、もう一つの「肝」である「雇用主責任」が欠如しているため、どれぐらい実効性を発揮できるか、という点が問題になる。
具体的に述べると、運行管理者の義務の一つである「乗務前の点呼」は、タブレット等を活用すれば、遠隔でも、連携する法人タクシーの運行管理者が実施できると思うが、両者の間には雇用関係が無いため、乗務中や乗務後の運転に関する情報は、十分共有されるかどうかが明確ではない。また法人タクシーの運行管理者が「本日は乗務中止」と指示した場合に、個人タクシーのドライバーが本当にその指示に従って乗務をやめるのか、その強制力をどう担保するかも課題だろう。また、運行管理者が日ごろの運転の様子を把握できたとして、「次期の免許更新は不適当」と認識した場合に、個人タクシーのドライバーは免許の更新申請をできるのか、運行管理者が意見を付す機会があるのか、といった点も課題として挙げられる。
例えば、法人タクシーの場合は、乗務中に「ドライバーの運転が危なっかしい」、「耳が遠くて乗客の会話に応答しない」といったことがあれば、乗客から会社にクレームが寄せられるため、会社がドライバーの運転能力を把握することができるという。また、乗務中には事故を起こしていなくても、例えば車庫でバックする際に壁に衝突するなど、物損事故を起こせば、当然会社は事態を把握し、本人の運転能力低下を認識できる。実際、法人タクシーでも近年は高齢ドライバーが増えていることから、このような物損事故が増加しているという報告がある
5。要するに、法人タクシーの場合は、このような日ごろの情報も勘案して、運行管理者がドライバーに安全教育を行ったり、雇用主が契約更新するかどうかを判断したりしている。
このような法人タクシーの運行管理者の役割は、雇用関係の無い個人タクシー相手にも担保できるだろうか。▽ドライバーの物損事故やクレーム等、日ごろの運転に関する個人タクシーと連携法人タクシー会社との正確な情報共有、▽運行管理者が点呼の際に「乗務中止」を指示した場合の強制力、▽運行管理者が「免許更新は不適当」と認識した場合の更新手続きのフロー、といった点を前もって検討する必要があるだろう。
ただし、このような課題をクリアし、運行管理者が無事に機能したとしても、前述のように、加齢の影響による交通事故リスクを抑え込める訳ではない。また、地方で深刻化する「高齢者や観光客のラストマイルの移動困難」という観点から言えば、上限年齢引き上げは、ドライバーの運転可能期間を5年引き延ばすだけであって、解決策としては、一時しのぎにしかならないだろう。
より抜本的な解決策としては、過疎地等に例外的に自家用車による送迎が認められている「自家用有償旅客運送」制度について、地域公共交通会議での協議を不要にするなど、より導入しやすくするように見直す方が先ではないだろうか。
政界では、最近またライドシェア導入の議論が復活しているが、検討が不十分なまま個人タクシーの上限年齢が引き上げられれば、「80歳手前の個人タクシーよりも、1種免許の白タクでも、若いドライバーの方が安心だ」と考える人が増えても不思議ではない。これまで、国交省がライドシェアに否定的な姿勢を示してきた主な根拠は、「ライドシェアでは運行管理者も整備管理者もいないから、安全確保に問題がある」というものだった。今回の上限年齢の引き上げは、そのハードルをクリアしたのだろうか。
また、全国で増えている住民同士のボランティア送迎では、安全にために、「75歳」をドライバーの引退の目安としているグループもある。個人タクシーのドライバーに80歳までお墨付きを与えるなら、「それではうちも80歳まで」と引退を延期するグループも現れるかもしれない。1種免許の自主返納を検討中の高齢ドライバーの意識にも、影響を与えるかもしれない。
コロナ禍からの経済活動正常化で、インバウンドが回復し、タクシーの供給不足感は全国で強まっている。だからと言って、安易に高齢ドライバーを増やす方向に舵を切るのではなく、住民が本当に求めていることに耳を傾けてほしい。
1 東京交通新聞2020年10月26日。
2 詳しくは坊美生子(2022)「高齢タクシードライバーの増加」(基礎研レポート)参照。
3 一般社団法人「全国タクシー・ハイヤー連合会」の「ハイヤー・タクシー業 高齢者の活躍に向けたガイドライン」によると、2019年時点で、傘下のタクシー会社のうち約8割が定年を定めており(うち半数の定年は「65歳」)、定年がある会社の約半数が継続雇用の上限年齢を定めていた。上限年齢は「65~69歳」が12.5%、「70~74歳」が22.2%、「75歳以上」が20.6%、「定めていない」が45%だった。
4 ドライバーには、過去に都市部で1年以上の営業経験があることも求められている。
5 一般社団法人「全国タクシー・ハイヤー連合会」の「ハイヤー・タクシー業 高齢者の活躍に向けたガイドライン」。