人権尊重の取組みが、社会的な影響力が大きい大企業だけでなく、中小企業にも求められる理由は、主に2つある。1つは、規模の大小を問わず、全ての企業が原理原則に基づく道義的、倫理的な責任を負うからであり、もう1つは、より現実的な問題として、人権軽視が企業経営に直接的な影響を及ぼすからである。
まず、原理原則に従えば、企業活動における人権尊重の義務は、企業規模を問わず、すべての企業に適用される。国連の指導原則には、「人権を尊重する企業の責任は、その規模、業種、事業状況、所有形態及び組織構造に関わらず、すべての企業に適用される」とあり、人権を尊重する責任は、企業規模に関係なく存在する。事業規模が小さな中小企業であっても、人権に対する潜在的・実際的な影響が必ずしも小さいとは言えず、人権に対する企業の責任は変わらないというのが、ビジネスと人権における基本的な考え方である。
なお、その際、企業の果たすべき責任は、たとえその企業の業容が国内に限られたものであったとしても、国際的に認められた全ての人権範囲に及ぶことになる。その理由は、当該企業が国際展開をしていなくても、サプライチェーンなどを通じて、何らかの形で海外とつながる可能性が生じ得るからである。企業は潜在的に、全ての人権領域に影響を及ぼす可能性がある。その前提に立ち、企業には国際スタンダードに則った人権尊重の取組に最大限努めることが求められる。
2つ目の現実的な側面として、人権軽視の経営が企業活動に直接的な影響を及ぼすことが挙げられる。例えば、人権に対する配慮が欠けた企業は、人権侵害を理由として、取引先から取引を停止されるリスクがある。
その背景として、近年、欧米を中心に、人権侵害の是正を企業に義務付ける法律の導入が進んでいることがある。それらの法律は、企業に調達先の人権リスクに関する調査や報告を義務付け、間接的に法域外の企業に影響を及ぼしている。日本でも2022年9月に「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」が策定され、サプライチェーン等における人権リスクへの配慮が明確に求められるようになった。人権への負の影響を取り除くためには、取引先との取引停止も最終手段として検討される。さらに今年4月には、政府調達において人権尊重の取組みを行うことを、企業の努力義務とする方針が公表された。これは、政府調達の入札に参加する企業に、実質的に人権DD
4の実施を義務付けるものであり、国として企業の取組みを促したものだと言える。
法規制などを通じて、サプライチェーン等における人権侵害の是正に取り組む企業が増えることは、中小企業が人権尊重経営に取組む積極的な理由となる。
なお、企業の人権取組みは自社内の人権リスクの低減に留まらず、企業価値の向上にも大きな効果がある。例えば、生産性の改善、ブランド価値の向上、投資家からの評価向上などの様々な効果が期待できる。実際、経済産業省と外務省が2021年に実施した「日本企業のサプライチェーンにおける人権に関する取組状況のアンケート調査」によると、人権方針を策定し、人権DDなどの基礎項目
5を全て実施している企業は、複数項目で効果を実感している[図表2]。