働く女性の「隠孕」問題(中国)

2023年03月24日

(片山 ゆき) 中国・アジア保険事情

最近中国のメディアで、働く女性の「隠孕」問題を目にするようになった1。「隠孕」問題とは自身が妊娠していたとしても昇給や昇格、正社員としての正式雇用などへの影響を心配して、可能な限り妊娠を職場に隠し続ける現象をいう。法律上は職場に伝える義務はないため、伝えるか否かは本人の選択に任されている。しかし、伝えない状況が続けば本人の身体・健康や安全面でもリスクが増加してしまう。

中国の女性の労働参加率は世界的に見ても高く、建国以降、重要な労働力として法整備も進んでいた。しかし、市場経済への移行、国有企業の解体とともにその環境は大きく変わってしまった。結果として妊娠・出産・育児およびその期間中のキャリア形成については女性に多くの負担がかかる状況にある。

中国の人材会社である智聯招聘による調査報告「2023年中国働く女性の現状調査報告」(以下、調査)によると、「働く上で不公平と感じる内容(男女別)」について、女性は「求職中に結婚・出産・育児についての質問を受けた」が最も高く61.1%であった(図表1)。
女性については「結婚・出産・育児が今後の仕事に影響する」も46.9%と高い。また、上掲の2項目は男女間での意識の差が最も大きい。女性はキャリア形成において、結婚・出産・育児について就職以前さらには就職後も常に意識せざるを得ない状況にあることがわかる。働く女性の「隠孕」問題は、こういったキャリア形成に苦しんだ女性がやむを得ずとった行動とも考えることができる。
 
また、調査の「働く上で、男女平等の推進において重要と思われる内容(男女別)」を見ると、「企業及び社会による出産・育児負担」が54.7%と最も多くなっている(図表2)。なお、当該設問に対する回答について前年と比較すると、女性は2.2ポイント増、男性は男性12.9ポイント増となっている。新型コロナ後の経済状況の変化、第三子の出生奨励が進む中で、男性側の意識にも変化が見られる。
2022年7月、国は出産・育児奨励として、出産育児に関するサービスの拡充、託児サービスの拡大、出産休業・育児休業の改善、住宅・課税に関する優遇措置の導入、教育資源の拡充、出産・育児のしやすい職場環境の整備、出産奨励の啓発強化を掲げた。しかし、そのための予算をどうするのか、どの官庁が責任を持って実行するのかなど多くの課題が残っている。

一方、企業による福利厚生制度は出産・育児休業など休暇を中心としている。2021年以降、多くの地方政府は、出産休業(98日)に加えて育児休業の上乗せ(30日から60日に増加)を実施している。更に、杭州市では同市戸籍の保有者に対して、第2子出産の場合は5,000元(約10万円)、第3子出産の場合は2万元(約40万円)を支給するとしており、出産奨励手当の事例も出現している。これは同市において、第2子、第3子の出産率が減少傾向にある点に由来している。しかし、こういった施策は地方政府に委ねられており、昨今の地方政府の財政状況を考えると、多くの地域で同様の対応は難しいと考えられる。また、企業側にとっては業務の調整や人的資源の再配置、新たな雇用などのコスト面の負担もある。出産・育児に関する金銭的なサポート(子育て支援など)は、国による財政負担が重要となるであろう。
 
このような状況の中で、「出産・育児への意向(男女別)」を見ると、男女とも第一子のみ希望しているのが最も多い(女性:38.8%、男性:37.8%)(図表3)。政府は第三子までの出生をゆるすなど出産奨励に転じているが、第二子まで希望の場合は女性が17.1%、男性は23.7%と、男女間でも6.6ポイントの差がある。ただし、前年の調査と比較すると、男性は第一子のみ希望が10.5ポイント増加しているのに対して、第二子まで希望が9.9ポイント減少している。上掲の育児に関する経済的な支援を含め、経済や所得の状況によって、男性側の出産・育児への意向が大きく変化している点がうかがえる。また、第三子の出産については、女性が1.7%、男性が3.3%といずれも低い状態にある。
中国では総人口が減少し、政府は出産奨励に動いている。しかし、具体的な施策や予算の付与が明確ではない。国が長きにわたり人口抑制政策を実施した以上、その責任を企業や地方政府に負担させるだけでは無理があろう。今後、働く女性が安心して出産し、子育てがしやすい職場環境や社会に変革していかなければ「隠孕」問題のような現象はより深刻化する可能性もある。
 
1 法治日報「対職場"隠孕"応有"顕治"」,2023年3月1日,(http://epaper.legaldaily.com.cn/fzrb/content/20230301/Articel05006GN.htm,2023年3月9日取得)。

保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

片山 ゆき(かたやま ゆき)

研究領域:保険

研究・専門分野
中国の社会保障制度・民間保険

経歴

【職歴】
 2005年 ニッセイ基礎研究所(2022年7月より現職)
 (2023年 東京外国語大学大学院総合国際学研究科博士後期課程修了) 【社外委員等】
 ・日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
 (2019~2020年度・2023年度~)
 ・生命保険経営学会 編集委員・海外ニュース委員
 ・千葉大学客員教授(2024年度~)
 ・千葉大学客員准教授(2023年度) 【加入団体等】
 日本保険学会、社会政策学会、他
 博士(学術)

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