(5)子育ての経済的負担感が重い
子育ての経済的負担感が重いことも少子化の一因になっている。特に韓国では私的教育費の負担が大きい。韓国における小学生から高校生までの私教育費は2020年の約19.4兆ウォン(2兆円)
7から2021年には23兆4千億ウォン(2.4兆円)に21.0%増加した。また、全学生のうち、私教育を受けている学生の割合も同期間に67.1%から75.5%に12.4%上昇した。新型コロナウイルスのパンデミックによる落ち込みからの反動増の側面が強い。私教育を受けている学生の一人当たり一カ月平均私教育費は48.5万ウォン(5.1万円)で、高校生が64.9万ウォン(6.8万円)で最も高かった(小学生40万ウォン(4.2万円)、中学生53.5万ウォン(5.6万円))
8。
しかしながら、この金額はあくまでも平均であり、地域や所得階層間で私教育にかける費用には大きな格差がある。特に、ソウル市の江南区、その中でも有名塾が集まっている大峙洞(テチドン)で使われている私教育費は想像を絶する。例えば、大峙洞(テチドン)の有名塾に子供を通わせる場合、学生生活記録簿(以下、生活記録簿)の管理を専門の入試コーディネーターに頼むだけで年間2,000万ウォン(209万円)の費用がかかる。生活記録簿には高校1年から3年までの成績はもちろん、学内や学外の受賞歴、資格証の取得状況、語学試験の結果、課外活動、ボランティア活動、クラブ活動など、進路希望などが書かれており、日本の「内申書」にあたるものである。では、なぜ生活記録簿の作成・管理にここまで大金をかけているのだろうか。
韓国の大学入試は大きく「随時募集(日本の推薦入学に相当)」と「定時募集(日本のセンター試験に相当)」に区分することができる。「随時募集」は高校の学校生活記録簿、自己紹介書、教師推薦書、面接などが選別に反映されることに対して、「定時募集」では大学修学能力試験(以下、「修能」)の点数を中心に選別する。
韓国の大学入試と言えば「定時募集」を思い浮かべる方が多いと思うが、最近は「随時募集」の割合が年々高くなっている。例えば、2000年に3.4%に過ぎなかった「随時募集」の割合は2023年には78.0%まで上昇した(全国の大学基準)。しかしながら、首都圏
9大学の「随時募集」の割合は64.7%で全国の大学基準と差を見せている。多くの大学は「修能」が採択している五肢択一の問題を解いた点数だけでは、問題を見つける能力、批判的思考、創意的思考、表現力を測定することが難しいと判断し、大学の基準に適合した学生を選別するために「定時募集」より「随時募集」の割合を上げているのだ。
従って、「
インソウル」、つまり、ソウルにある大学に入るためには、生活記録簿が何より重要であり、そのために大峙洞(テチドン)等の有名塾に子供を通わせているのである。もちろん、他の学生と差別化された生活記録簿を作成するためには高校での成績なども大事だ。だから、生活記録簿の管理を依頼することとは別に塾に通いながら英語、数学等科目ごとのプライベートレッスンを受ける。プライベートレッスンの費用は科目当たり1カ月に数十万ウォン以上かかる。特に毎年11月に行われる「修能」直前の7月~10月には1カ月に1000万ウォン(104.4万円)以上する有名講師の特別プライベートレッスンを子どもに受けさせる親も多い。ある有名塾の有名講師は個人が運営するYouTubeチャンネルで2014年以降本人の年収が100億ウォン(10.4億円)以下に下がったことがないと発表し世間を驚かせた。
韓国の受験戦争をテーマに、上級階級の人々のサスペンスストーリーや社会問題を映し出した韓国ドラマ『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』
10の内容が現実でもある程度確認されたので驚きを隠すことができない。
子供たちは1日に数カ所の塾に移動しなければならないので、鞄の代わりに旅行用のキャリーバッグに教科書などを入れて移動する。塾の授業が終わって次の塾の授業が始まるまでの残り時間はスタディ(Study)塾
11に移動して宿題などをする。もちろん、そこにも宿題などを指導してくれる専門の講師がおり、塾の費用とは別のお金がかかる。塾の授業が一斉に終わる時間帯には塾が密集している「ウンマ交差点」をはじめとした大峙洞(カンナムグ・テチドン)一帯の道路は駐車場に変わる。母親たちが子供たちを乗せるために車の中で待機しているからだ。そして、子どもたちは家に帰ってもすぐに寝ることはできない。復習や宿題が終わると寝る時間は夜中3時から4時…、銃声の聞こえない「入試」という戦場で子供たちは孤独に戦っているのだ。
このような教育熱は高校生だけに限らない。多くの親が幼稚園時代から子供に私教育をさせている。英語を基本言語として使う英語幼稚園の費用は1カ月150万ウォン(15.7万円)もする。また、それ以外にも水泳、ピアノ、テコンドー、バレー、サッカーなどを学ばせる。小学生になると塾に通わせながら英語や数学などのプライベートレッスンを受けさせる。すると子ども一人当たりの私教育費用は1カ月200万(20.9万円)~300万ウォン(31.3万円)もかかっており、それ以上を支出する世帯も少なくない。
世代の収入より子供の教育費に対する支出が多い、いわゆるエデュプアが多く発生していると言える。エデュプアとは、英語のエデュケーションプアの略語で、家計が赤字で負債があるにも関わらず平均以上の教育費を支出したために、貧困な状態で生活する世帯、いわゆる「教育貧困層」である。韓国の民間シンクタンクである現代経済研究院の推計結果(2011年基準)によると、都市部の2人以上世帯のうち、子どもの教育費に平均教育費以上を支出する世帯は288.7万世帯で、このうち負債があり、家計が赤字状態である世帯、いわゆるエデュプアは82.4万世帯に達した。つまり、子どもの教育費を支出する世帯(632.6万世帯)のうち、13.0%はエデュプアであるという結果であり、調査から10年以上経った現在はより多くの世帯がエデュプアになっている可能性が高い
12。
7 2023年2月の平均為替レート(TTSとTTBの中間の相場である公表仲値(TTM)を利用)1円=9.579ウォンを適用、以下同一。
8 結婚情報会社DUOが2022年に未婚男女1000人を対象に実施した調査結果によると、少子化の原因は「育児に対する経済的負担」が32.4%で最も高く、次いで、「社会、将来に対する漠然として不安」(19.8%)、「実効性のない政府の出産政策」(16.3%)、「ワーク・ライフ・バランスの難しさ」(14.8%)、「晩婚化と結婚をしようとしない意識」(5.8%)、「個人の価値観」(5.6%)の順であった。一方、結婚後に希望する子供の数は1.8人で、2022年の出生率0.81を大きく上回った。DUO(2022)「出産認識報告書」。
9 韓国における首都圏とは、ソウル特別市、仁川広域市全域と京畿道31市郡を含む地域である。
10 韓国では2018年に放送され大ブレイクした。日本でも2020年4月1日から5月13日までBSフジで放送された。
11 日本の有料自習室に相当。時間貸しや1日プランなど様々なプランがある。コーヒーなどの飲料やWifiも利用できる。
12 金 明中(2012)「ハネムーンプア、エデュプア、そしてハウスプア、その次は?― 終わらない貧困の連鎖 ―」研究員の眼、2012年10月31日から引用。
3――保守・進歩政権ともに少子化対策を実施