ところで、米ハーバード大学他の研究者の論考によれば、昨今、パンデミックを機に米国で起きている"Great Resignation"(大量離職)への対応として、従業員エンゲージメントを高めるために、重要なポイントを抽出し、以下のように提示した
15。
1. 従業員の行動と、何を大切にしているのかを結びつける
(1) 組織のミッションステートメント
16を見直し、従業員の価値観と結びつける
(2) 従業員の仕事が組織の目的とどう関連しているかを示す
(3) 多様な関心や目的をもつ従業員の集団への支援・資金提供を行う
2. 仕事そのものをよりストレスの少ない、楽しめるものにする
(1) 新しい仕事に挑戦する柔軟性を与え、従業員が自分の本質的な興味を発見できるようにする
(2) 従業員により多くの自律性を与える
(3) 従業員の自信を高める
3. 「時間の豊かさ」の創造
(1) 金銭だけでなく、時間でも従業員に報いる
(2) 時間節約型商品への投資を奨励する
(3) 営業時間外のメールを抑制するツールを導入する
1-(1)については、組織のミッションが社会的インパクトを与えるものであれば、従業員は自らの目標や価値観を組織のミッションに合わせやすく、自分が組織に適合していると感じられるとされる。1-(2)に関しては、組織のミッションと、自らの日々の仕事との間のつながりを認識することが必要である。ジョブ・クラフティング
17を行い、想像力を働かせて自らの仕事を再設計することが有用とされる。1-(3)は、同じような経歴や興味を持つ個人を集めた自発的なコミュニティ
18を指す。従業員が同じ価値観や目標を持つ仲間とつながることができる場を提供することで、価値観の一致を促すことに効果的とされる。
2-(1)は、同じ業務でもその捉え方は従業員によって区々であり、どの業務が従業員の内発的動機につながるかを判断する機会を提供するために、比較的短期間に複数のポジションを経験するジョブ・ローテーション・プログラムが例示される。2-(2)は、従業員の内発的なモチベーションを育むためには自律性が必要であり、従業員に一定の自由と責任を与え、日常業務に変化を起こし、自律性を高めることを推奨している。2-(3)は、人はやり遂げる自信のない仕事を避ける傾向があることから、従業員が前向きに仕事を始めるようにするには、自信を持たせることの支援が重要である。そのために、メンター制度
19の導入を推奨している。
3-(1)は、従業員への報酬として、金銭に加えて有給休暇等の時間を与え、「時間の豊かさ」を実感させることが効果的とする。3-(2)は、時間節約型商品(ハウスクリーニング、食事宅配サービス、税務申告サービス等)、従業員の余暇時間を増やすサービスへのアクセスのサポートをすることが、時間の豊かさの実感につながるという。3-(3)は、営業時間外のメールの流入を一時停止するツールを活用することで、従業員が「オフ」の時間をより多く持てるようになる。
上記は米国企業の例であり、彼我の雇用慣行には大きな差異がある。しかし、従業員を定着させ、長く働いてもらい、良いパフォーマンスを挙げ続けてもらうことは、企業の生産性向上に欠かせないのは、共通することと考えられる。先に見た通り、従業員エンゲージメントが高い企業や部署は、離職率も低い。労働力不足の深刻化が予想される日本の企業においても、従業員を確保するためには従業員エンゲージメント向上に向けた、より一層の働き方の改革が必要になろう。
16 企業活動におけるミッション(mission)とは、企業と従業員が共有すべき価値観や果たすべき社会的使命などを意味します。従来の「経営理念」や「社是・社訓」がこれにあたりますが、そうした自社の根本原則をより具体化し、実際の行動に資する指針・方針として明文化したものを、とくに「ミッションステートメント」(mission statement)と呼びます。(日本の人事部 https://jinjibu.jp/keyword/detl/311/ 2022年7月14日閲覧)
17 「ジョブ・クラフティング(Job Crafting)」は、従業員一人ひとりが仕事に対する認知や行動を自ら主体的に修正していくことで、退屈な作業や"やらされ感"のある仕事を"やりがいのあるもの"へと変容させる手法のこと。会社や上司の指示・命令ではなく、働く人々が自分自身の意思で仕事を再定義し、自分らしさや新しい視点を取り込んでいくことで、モチベーションが高まり、パフォーマンスの向上につながるという考え方です。(日本の人事部 https://jinjibu.jp/keyword/detl/779/ 2022年7月14日閲覧)
18 企業内のサークルと考えられる。
19 業務だけに限定せず精神面でのサポートも行う「メンター制度」は、人材育成はもとより、社員の定着率の向上に貢献する制度です。近年、多様な人材の雇用が進むなかで浮上している、チームワークや組織風土における課題を解決する糸口としても注目されています。(日本の人事部 https://jinjibu.jp/keyword/detl/44/ 2022年7月14日閲覧)
7―骨太方針と従業員エンゲージメント