東北地方に立地する部品メーカーの被災によるサプライチェーン寸断は、日系自動車メーカーの生産に大きな影響を及ぼした。2011年暦年の生産台数を見ると、中国を中心にアジア太平洋地域での現地生産化の推進による高成長市場の取り込みをドライバーに成長軌道に入っていたフォルクスワーゲンは、対前年比15.4%増と増産を維持した一方、トヨタが同▲9.1%減、トヨタを除く日系メーカー合計が同▲2.2%減と日本勢が減産に陥り、とりわけトヨタの減産幅が大きかった(図表1-(2))。東日本大震災は「トヨタのサプライチェーン(供給網)を寸断した。仕入れ先が被災し、およそ500品目に及ぶ部品や素材の調達を早急に手当てする必要に迫られた」「生産が正常化するまでに国内は4カ月、海外は半年かかった。トヨタの代名詞とも言えるジャスト・イン・タイム生産方式にとって、大きな衝撃だった。必要なものを・必要なときに・必要な量だけ作り、在庫をなるべく持たない生産管理手法によって、トヨタは効率と品質の面で業界の盟主となった」
10という。このため震災当時は、緊急事態の備えとなる半導体を含む部品在庫がサプライチェーン全体で十分に確保できていなかったと推測され、そのことが減産幅をより大きくさせたとみられる。
「東日本大震災後、トヨタはMCUをはじめとする半導体の調達手法を改めた」「事業継続計画(BCP)の一環として、災害などが起きてもしばらく製品を納入できるだけの半導体在庫を持つよう、サプライヤーに求めた。期間は種類によって異なるものの、多くは3.5カ月から4カ月分。長いものでは6カ月分、中にはそれを超える場合もあるという。半導体を発注してから納品されるまでのリードタイムに当たる」「トヨタは半導体在庫を積み増したサプライヤーに対し、毎年の原価低減活動で下がったコストの一部を還元している。トヨタの場合、MCUの在庫はデンソーのような部品メーカー、半導体商社、ルネサスや台湾のTSMCのような半導体メーカーが持つ」
11という。
トヨタが東日本大震災の教訓を踏まえていち早く取り組んできた、半導体調達のBCPの見直し・改善(サプライチェーンの中での在庫積み増し)により強化された、トヨタを頂点とするサプライチェーン全体の底力を、コロナ禍という想定外の緊急事態の中で見事に示したと言えよう。企業は、災害後にBCP対策についてまず真っ先に行うべきことは、経営層や従業員の記憶が明確なうちに、災害対応における意思決定や行動のプロセスを迅速に振り返って総括し、BCPに関わる方針・体制・手順などの問題点・課題を抽出し、それを反映してBCPの改善・見直しを図り次回のBCP発動に備えることであり、これが「BCPの定石・原理原則」である、と筆者は考える。その意味では、トヨタは、このBCPの定石を震災後に着実に実践したと捉えることもできる。
トヨタは、リーン型経営の権化のように言われることがあるが、決してそれに偏重・固執せず、東日本大震災を機にBCPについては、組織スラック型の考え方を柔軟にいち早く取り入れたことは、他の日本企業も学ぶべき点である。
今回は、自動車産業を事例として主として製造業におけるBCP視点での「組織スラックへの投資の重要性」について考察してきたが、次回も引続きBCP視点での組織スラックについて考えたい。
6 コロナ禍の影響をフルに受けた1年目である2021年3月期決算の営業利益は、対前期比▲8.4%減の2兆1,977億円(売上高比(ROS)8.1%)であった。
7 日本経済新聞電子版2022年1月29日「トヨタ、2年連続で首位 昨年の世界新車販売台数」より引用。左記記事によれば、トヨタグループ(トヨタ、ダイハツ工業、日野自動車)の2021年の世界販売は前年比10%増の1,049.5万台に達した一方、VWは同5%減の888.2万台にとどまった。
8 直近では、IHS Markitが発行した2021年2月付のレポート「2021年車載半導体不足への対処」によれば、ルネサスの車載マイコン供給シェアは、世界首位ではあるものの30%まで低下している。同レポートによれば、2位は26%の供給シェアを占める蘭NXP Semiconductorsである。
9 拙稿「Series 企業経営者に向けたCRE戦略概論/第9回BCPとCRE戦略(1)」三菱地所リアルエステートサービスHP『スペシャリストの智』2017年7月を参照されたい。被災当時ルネサスエレクトロニクスでは、従業員が一丸となって那珂工場の復旧に取り組んだことに加え、プラント、ゼネコン、製造装置、電機、自動車など外部企業からも1日最大2,500人が復旧支援に駆け付けたことから、復旧作業は急ピッチで進み、2011年4月にテストラン、同6月には当初計画から3か月前倒しして量産再開にこぎ着けることができた。
10 白水徳彦「焦点:トヨタ、半導体不足で発揮した抵抗力 震災10年 供給網寸断の教訓」ロイター2021年3月9日より引用。
11 白水徳彦「焦点:トヨタ、半導体不足で発揮した抵抗力 震災10年 供給網寸断の教訓」ロイター2021年3月9日より引用。なお車載半導体は、完成車メーカーではなく、完成車メーカーに電装品など自動車部品を直接納入する1次部品メーカー、いわゆるティア1(Tier1)にまず納入される。