新大統領の政権運営を考える場合、6月に予定される国民議会(下院、577議席)選挙の結果も重要だ。
フランスの大統領には、現行の第五共和政憲法下で強大な執行権が付与されているが、政府の活動は首相が指揮する双頭執行体制「半大統領制」である。首相は大統領が任命するが、首相は議会に対しても責任を負い、首相と内閣が成立するには、国民議会の信認、多数派の支持基盤を必要とする
16。
「半大統領制」は、大統領多数派と首相を信認する議会多数が一致を前提としており、「ねじれ(コアビタシオン)」は国政の混乱を招く。現行憲法下では、3度のコアビタシオンを経験し
17、弊害防止のために2000年の憲法改正で大統領任期が7年から5年に短縮、大統領選挙後に国民議会の選挙が実施される現在のサイクルに変わった。
2002年の第2次シラク政権期以降、コアビタシオンはなく、2017年は大統領選挙で勝利したマクロン氏の新党「共和国前進」が308議席と単独で過半数、協力関係にある中道の「民主運動」を加えると6割を獲得する地滑り的勝利を収めた。一方、決選投票を争ったルペン氏の国民戦線(現在は国民連合)は第9位の8議席に留まった。
「共和国前進」は、17年の大統領選挙での勝利後に、市民運動「前進!」を政党組織に改組し、組閣と「民主運動」とともにすべての選挙区に候補者擁立を目指して候補者選びにとりかかった。当選者には既存政党の現職に勝利した若い新人議員も多く含まれた
18。しかし、「共和国前進」は、マクロン氏のカリスマ性頼みで、自律した組織としての性格が希薄とされる。21年の地方選では国民連合とともに大敗している
19。離党者が相次いだことで、国民議会における現有議席は267議席と単独過半数は失い、「民主運動」と「共和党」、「共和国前進」からの離党者らによる「行動」の協力で過半数を保っている状態だ(図表8)。
6月の国民議会選挙は、大統領選挙で大敗を喫した旧二大政党の分裂の動きと共に展開する可能性がある。大統領選挙がマクロン氏勝利であれば、共和党からの鞍替えなども出て、協力関係にある政党も合わせて過半数確保の可能性がある。
見極めが難しいのがルペン氏勝利の場合だ。前回のマクロン氏のように、大統領選挙勝利の勢いに乗って、国民連合が一気に過半数を確保することはできるのだろうか。大統領選挙第1回投票で第4位につきたゼムール氏からの支持は得たが、ゼムール氏には政党の基盤はない。逆に、ルペン氏阻止の立場をとるメランション氏の「不服従のフランス」が、(1)大統領選挙の第1回投票の善戦が示す勢い、(2)若い世代の支持、(3)大統領選挙での得票率が1.7%まで落ち込んだことで消滅の危機に瀕する社会党・左派の合流、などから勢いを増す可能性がある。
かつての「ねじれ」は、コアビタシオン、つまり「保革共存政権」ないし「左右両派共存政権」であったが、ルペン氏勝利の場合、多数派が反大統領という国民議会の構成になることも考えられるのではないだろうか。
ルペン大統領が誕生した場合、議会とのねじれによる政策の混乱が予想されることに加えて、ルペン氏が、グローバル化、EUに懐疑的な立場であることから、ようやく定着し始めた雇用、投資拡大の流れが途切れる可能性もある。
16 山田文比古「フランス」森井裕一編『ヨーロッパの政治経済・入門[新版](有斐閣ブックス)』第1章、15-16頁。大統領の権限としては、首相の任命権のほか、国家の危機に際しての緊急措置法、国民議会の解散権、法案を国民投票に付託する権利、議会が制定する法律の対象となる事項以外に認められる政令(デクレ)、議会の授権により議会が制定する法律の対象となる事項に認められる行政立法(オルドナンス)、議会の修正権を封じるための法案の一括議決、国民議会における法案の表決に政府の信認をかけることができるなどがある。
17 (1)1986年3月~1988年5月の第一次ミッテラン政権期(社会党)のシラク内閣(共和国連合(RPR、後にフランス民主連合(UDF)と合流してUMP→共和党)、(2)1993年3月~1995年5月の第二次ミッテラン政権期のバラデュール内閣(同上)、(3)1997年6月~2002年5月のシラク政権期(同上)のジョスパン内閣(社会党)
18 17年国民議会選挙の結果は、Assemblée nationale ‘Liste des députés élus au 2nd tour le 18 juin 2017’。17年大統領選挙から国民議会選挙への流れについては、伴野文夫「エマニュエル・マクロン フランスが生んだ革命児」幻冬舎 27-30頁
19 「フランス地方選決選投票、与党が大敗 野党共和党が勝利」日本経済新聞電子版 2021年6月28日
ルペン大統領誕生はEU