労働者の属性の違いと生産性の関係を分析する方法としては、全要素生産性(TFP)を被説明変数として労働者の属性構成比でTFPを説明する分析や、企業の生産額や付加価値を被説明変数とした生産関数の推計によって分析するものがある。
TFPを被説明変数にし、属性ごとの生産性を推計する場合では、まず、属性の質を考慮しない労働投入量によりTFPを推計する。その結果、属性の質に関する影響は、残差であるTFPに集約される。そのTFPを年齢構成等で回帰することで、各属性の影響を推計するというものである。
Feyrer(2007)は、OECDと低所得国に関する国横断的パネルデータを用いて、TFPと労働者の年齢構成の関係を分析している。その結果、40歳代が最もTFPが高い逆U字型の生産性カーブを示した。日本を対象としたLiu and Westelius(2016)では、都道府県のパネルデータを用いることで、国の制度的特徴に影響を受けない形でTFPと人口構成との関係を分析している。結果は、Feyrer(2007)同様、40歳代で生産性がピークとなる逆U字型の生産性カーブのパターンを確認し、高齢化が日本の全要素生産性を押し下げることを示した。
このように、TFPを被説明変数とする場合、国ごとや地域ごとのTFPが別途推計されていれば、比較的容易に年齢構成等で回帰することができるというメリットがある。
また、森川(2017)では、「企業活動基本調査」の個票データから独自にTFPを推計し、別途アンケート調査を行うことで、属性別の労働投入に関するデータを補完したうえで労働者の属性構成とTFPの関係を分析している。同時に平均賃金を被説明変数とした賃金関数も推計した結果、パートタイム労働者及び女性労働者の賃金水準は、生産性への貢献とおおむね釣り合っていることを示した。
しかしながら、TFPは労働と資本で説明できない残差であることから、労働者の属性の質のみではなく、デジタル技術の進展などそのほかの要因がすべて残ってしまっているため、必ずしも属性構成で回帰することで属性ごとの生産性が正しく推計されるとは限らないといった欠点もある。また、TFPはある程度まとまった集団(一国経済や産業、地域別など)で推計されることが多いため、森川(2017)のように個別の事業所や企業についての分析を行うことは容易ではない。加えて、TFPは前提となるデータや推計方法によって数値が大きく異なるため、どのようにTFPを推計するのかという問題もある。
一方、生産関数の推計によって属性別の労働者の生産性を推計する場合、生産関数における労働投入に、属性の質を考慮した労働投入を当てはめることで、属性別の生産性を推計する。
Hellerstein and Neumark(2007)では、米国の事業所を対象とし、性、人種、学歴、年齢等の属性の質を考慮した形で生産関数を推計している。また別途賃金関数についても推計した結果、女性の生産性は男性よりも低いが、賃金格差を十分に説明できず、女性の賃金は割安になっていることや、55歳以上の労働者は生産性に比べて賃金が割高になっていることなどを示した。Vandenberghe(2013)では、ベルギーの企業を対象に、労働投入に属性(年齢、性、就業形態)ごとの生産性変数を入れ付加価値生産関数、賃金関数、ならびにそれらの差(企業利益)を推計することで、女性高年齢労働者の増加は、企業利益を押し下げることを示した。
日本の研究では、川口・神林・金・権・清水谷・深尾・牧野・横山(2007)が、製造業の事業所を対象に分析を行っている。2つの統計の個票データをマッチングすることで、事業所レベルのパネルデータを作成し、教育年数、年齢、年齢の二乗に関する生産性プロファイルと、賃金プロファイルをそれぞれ別途推定し、年齢に関し両者の傾きの違いを検証した。その結果、日本においても、生産性と賃金のギャップ(年功賃金)の存在を確認した。また、永沼・西岡(2014)では、川口他(2007)の手法を踏襲しつつも、非製造業までデータを拡大して分析している。結果は、川口他(2007)と同様であり、大企業ほど年功賃金が強いことを示した。また、高年齢労働者の割合が高い大企業などの賃金負担が相対的に大きい企業ほど、賃金上昇が抑制される傾向があることを示した。
国やデータ、分析手法の違いにより必ずしも同じ結果が得られているわけではないものの、TFPを用いて属性別の生産性を分析する場合でも、生産関数の推計により分析する場合でも、年齢が高くなるにつれて生産性は上昇する一方で、ある程度以上の年齢に達すると、逆に生産性は低下することが導かれている。つまり、Feyrer(2007)や川口他(2007)などが示すように、年齢別の生産性は逆U字型の生産性カーブを描く。
一方、生産性と賃金のギャップについての結果は、研究ごとにまちまちではあるものの、川口他(2007)や、永沼・西岡(2014)で示されるように、限られた日本の先行研究においては、高年齢労働者は、生産性に比べて賃金が割高になっているという結果を得ている。しかし、日本の研究では、生産関数と賃金関数を別々に推計したのちに、それぞれにおける年齢の影響を表す変数の大きさを比べることで、生産性と賃金のギャップを確認している。Vandenberghe(2013)のように、年齢別の生産性と賃金のギャップ(利益)を被説明変数に直接的に年齢が利益に与える影響を分析しているものはない
3。
そこで本稿では、Vandenberghe(2013)のモデルに基づき、年齢別の生産性と賃金のギャップ(利益)を被説明変数に直接的に年齢が利益に与える影響についても分析する。
3 Kodama and Odaki(2012)では、生産性および賃金がミンサー型の賃金関数で表されるとの前提の下、それらの差を定義し労働投入変数を作成することで、直接的に生産性と賃金のギャップを推計しているが、細分化された属性ごとの結果を表しており、年功賃金を確認するものではない。また、全体としては、日本においては生産性と賃金のギャップは小さいとの結論を得ている。
3――仮説と本稿の特徴