第1に、プーチン大統領のマインドセット(思考パターン)を読み違えた。
客観的に見れば、大規模な軍事侵攻は、ロシアが得られるものに対し、代償が大き過ぎ、合理的ではない。ウクライナを武力でロシアの支配下に置くような暴挙に動けば、ロシアの国際的な信認は決定的に傷つく。世論調査では、2014年のクリミア併合以来、親ロシアの割合が低下、北大西洋条約機構(NATO)や欧州連合(EU)への支持が高まっていた
1。ロシアが軍事侵攻は、ウクライナ国民の反ロシア感情を強める。軍事力によって親ロシア政権を樹立したとしても、支持を得られるとは思えないので、行動に移さないと考えた訳だ。
しかし、プーチン大統領が合理性よりも、自らの信念に従う判断を下し、大規模な軍事侵攻が現実のものとなった。
合理的か否かという見方にとらわれなければ、大規模軍事侵攻を決断するプーチン大統領のマインドセットは、過去の言動や、実際のロシアの動きによって、はっきりと示されていたことに気付く。14年のクリミア併合、ドンバスの2州(ドネツク、ルガンスク)での親ロシアの分離独立派による住民投票の実施は第一段階だった。プーチン大統領は、21年7月に公表した「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」と題する論文で、ロシアとウクライナ、ベラルーシは一つの民族であり、緊密な関係が潜在力を高める
2、欧州からの「反ロシア」計略も数百年にわたり続いている
3と自説を展開してもいる。「ウクライナとロシアは1つの国」、「ウクライナはロシアの特権的な勢力圏に属す」、「ウクライナが東部でロシア語を話す人口に残虐行為を犯している」「ウクライナは故意にミンスク合意に違反し、西側はウクライナを武装させている」といった軍事侵攻の正当化につながる言説は、ロシア発の偽情報として、欧州対外行動庁(EEAS)がロシアの偽情報キャンペーンに対応するために立ち上げたタスクフォースが注意喚起をしてきたものだ
4。
昨年12月にロシアが米国と北大西洋条約機構(NATO)に提案した協定案では、軍備管理のための対話とともに、米国にはNATOの東方拡大阻止、NATOには東方拡大をしない約束と、軍備を97年5月27日以前、冷戦終結後の東方拡大以前の状態に戻すことも求めている。米国とNATOは、今年1月のロシアに対する返答で、ウクライナへの脅威の緩和を条件に、軍備管理と対話に応じる姿勢を示している。その一方、NATOの「すべての国は他国や外部の干渉なく安全保障の枠組みを選択し、変更し、将来を決める権利を有する」として、「オープンドアポリシー」の原則を維持、軍備を東方拡大以前の状態に戻す撤収の要求も退けた。ロシアは2月17日にロシアの立場を記した回答を米国に提示、「ロシアの提案は包括的な性格を持っており、全体として検討しなければならない」としてNATO不拡大や軍備の撤退の要求を含まない返答に不満を表明しいた
5。
ロシアの提案は、ウクライナの主権を否定し、欧州の安全保障体制の時計の針を巻き戻すことを求めるものであり、米国とNATOにとって受け入れ難いものだった。この点について、ロシアは交渉を優位に進めるため、まずは高い球を投げたが、最終的には「ミンスク合意」
6に含まれるウクライナの東部の2州の高度の自治権を確保することで妥協するのではないかと考えた。
しかし、大規模な軍事侵攻が現実のものとなった今、ロシアの提案内容を改めて振り返ると、目的は、親欧米のウクライナの政権を打倒し、親ロシア政権を樹立し、NATO加盟を阻止するだけでなく、冷戦後形成された欧州の安全保障体制そのものを覆すことにあるように感じられるようになる
7。
読み違え2