本稿では、ニッセイ基礎研究所が行った独自のWEB実験によって、他人の幸せ、他人と共有できる喜び、他人と比べた自分の優位性のうち、どれを考えるとより幸せになるのかを検証した結果を紹介した。そして、他人の幸せを願うことによって、ネガティブな感情が下がる可能性があることと、他人と比べた自分の優位性を考えることによって幸福度が高まる可能性があることとが示された。
他人の幸せを願うことによって、ネガティブな感情が下がる傾向がみられたことは、「はじめに」で紹介したアメリカで行われた実験の結果と同じ傾向である。一方、下方比較によって幸福度が高まったことは、アメリカで行われた実験の結果とは異なる。しかし、下方比較が幸福度を高めたことは、社会的比較理論の伝統的な考え方とは整合的である。社会的比較理論の伝統的な考え方では、自分より「下」と考える人と自分の状況を対比することで、自己評価を高めるといわれているからだ
10。一方で、下方比較は、自分より「下」と考える人との共通点を感じることによって感情にネガティブな影響をもたらす可能性があることが示されていること
11や、度を過ぎた下方比較は社会的偏見などの、非社会的行動につながる可能性も考えられる
12ことから、必ずしも良い点ばかりとは限らないことに、注意が必要だろう。
では、アメリカで行われた実験では下方比較は幸福度を高めなかったのに、今回日本で行われた実験で、下方比較が幸福度を高めたのはなぜだろうか。実験の対象も方法も異なるため、一概に比較は難しい。そのため、アメリカで行われた実験と日本での実験結果が異なる理由は、今後の検証課題であるが、可能性の一つとしては、日本の文化的背景が影響していることが考えられるかもしれない。具体的には、日本人の自尊感情は、他の人がどう思うかや、他の人との関係性の中で培われる傾向があること
13や、日本人がより周りの人と比較をする傾向があることが知られており
14、そうしたことが影響しているのかもしれない。
加えて、今回の調査では、4つのどのグループでも、写真を見る前に比べて写真を見た後に、幸福度とポジティブな感情の値が高まり、ネガティブな感情の値が低下した。この理由についても、今後の検証課題だが、可能性の一つとしては、写真に写る人々の笑顔からポジティブな影響を受けたことが考えられるかもしれない。具体的には、笑顔を見ることで写真の中の人の感情が移り、幸せな気分になったということである。このように他者が感情を表したことを感じて、自分も同じ感情を経験することを、「情動伝染」といい、しばしばみられる現象である
15。
下方比較は、正の影響だけでなく、負の側面も考えられるが、他の人の幸福を願うことや、笑顔に負の影響は考えづらい。こうした取り組みが、社会全体の幸せにつながっていくことが期待される。