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課題
ただ、炭素国境調整措置を制度として定着させるためには、国際協調の中で課題を解決して行くことが必要になる。主な課題は3つある。
1つ目は、WTOルールとの整合性の問題
5だ。例えば、GATT2条2項(a)およびGATT3条2項で輸入品について認められている「国境税調整」という仕組みが、炭素国境調整措置においても認められるか否かについては、先例がないため専門家の間でも賛否が分かれている。
なお、「国境税調整」は、同種の国内製品に内国税が課されていた場合に、その課税範囲内で、輸入品に課徴金を課すことができる仕組みだ。この条項の適用は、製品そのものか、製造工程において投入された材料や部品などを対象としているため、生産過程において消費されたエネルギーの副産物である炭素などが対象に含まれるか否かについては明確になっていない。
また、GATT1条1項が定める「最恵国待遇規則」は、同種の製品間で待遇に差を設けることを禁じている。これは、実質的な平等を求める規定であり、技術水準や資金調達能力の高い先進国と、それらの能力に乏しい途上国を同じ扱いとすれば、規則に抵触する恐れもある。各国の状況に応じた調整に関する国際合意もないことから、最恵国待遇の理念に則った新たな合意が必要となる。
さらに、輸出時に還付
6される環境コストについては、補助金及び相殺措置に関する協定で禁じている「輸出補助金」にあたるか否かも争点になり得る。現時点では先例がないため、幅広い規定との整合性が問われることになる。
2つ目は、制度設計上の課題だ。WTOルールとの整合性を確保しながら、国境調整の方法や対象範囲などを決めて行かなければならない。他国の排出規制の強弱を定量的に捉える方法や製品に体化された排出量を算出する方法など、技術的に難しい課題も多く、税額算定の根拠となる数値を定量化することができたとしても、どの程度の負担を上乗せすることが環境便益を最大化するか、検討する必要がある。前例がないだけに、複雑な方程式を解くことが必要になる。
3つ目は、各国からの反発が予想される点だ。2009年のCOP15では、欧米や日本などの先進国とインドや中国など途上国との間で、炭素国境調整措置の導入を巡って議論が激しく対立した。途上国は、国連気候変動枠組条約の下での長期的協力の行動のための特別作業部会(AWG-LCA)の場において、「一方的な貿易措置の導入を、気候の安定、炭素リーケージ、環境保護遵守の費用を含む気候変動に関する目的であっても禁止すること等の提案」
7を行い、炭素国境調整措置を巡る議論はまとまらなかった。対立が激しくなれば、却って国際協調が損なわれることになり、報復措置の応酬に発展する事態にも成り兼ねない。また、先進国と途上国間では、資金使途も問題になり得る。欧州は、すでに炭素国境調整措置を復興基金の返済財源に用いる方針を決めているが、途上国支援に回すべきだとの声が上がることも考えられる。
5 経済産業省『「2016年版不公正貿易報告書」補論1 貿易と環境 ―気候変動対策に係る国境措置の概要とWTOルール整合性―』を参照。
6 環境規制の厳しい国からの輸出は不利なることから、生産時に負担した排出枠の価格や負担した炭素税額を、国内企業に返還すること。
7 環境と関税政策に関する研究会「議論の整理」(2010年6月)
4――環境政策と産業政策のつながり