特定賃貸借契約(マスターリース契約)は長期にわたる継続的契約である。一般に継続的契約においては、契約を締結した当時の基礎となった事情が大きく変動した場合には、契約の解約権や契約内容の改定権を認めようとする考え方がある。
典型的な継続契約として、民法が解約権を定めているのが、賃貸借契約と雇用契約である。たとえば期間の定めのない建物の賃貸借契約においては、賃貸人・賃借人のいずれも3か月の予告をもって解約することができる(民法第617条)。また、期間の定めのない雇用契約も、使用者・労働者ともに2週間の予告をもって解約を行うことができる(民法第627条)。
しかし、このように自由に解約ができるとなると困るのが、建物の賃貸借であれば住居を失う賃借人であり、また雇用契約では職を失う労働者であるとされてきた。そのため、賃貸借契約については借地借家法により、また雇用契約は労働基準法や労働契約法により、それぞれ賃貸人、使用者の解約権を制限している。ここまでが、従来の考え方である。
特定賃貸借契約では、このような借地借家法が前提とする賃貸人と賃借人の関係とは異なる。賃貸人は、典型的には長期のローンを組んで土地・建物を購入する不動産の素人であり、特定賃貸借契約が解約されると困る立場にある。他方、賃借人であるサブリース会社は不動産のプロであり、往々にして大企業である。しかも自分で居住するわけではない。しかし、借地借家法第28条は賃借人からの解約権を制限していない。むしろ、賃貸人の解約権や契約更新拒絶権を制限することにより、賃借人であるサブリース会社が不当に家賃の減額を迫って来たり、不動産の管理に怠りがあったりする場合であっても、オーナーからはサブリース会社に対して契約更新の拒絶ができないということの法的な根拠となっている。
この点、マスターリース契約は賃貸借契約そのものではなく、オーナーとサブリース会社の共同事業の性格を有する賃貸借契約類似の契約に過ぎないとして、借地借家法の適用外とすべきとの見解もある。
しかし賃貸住宅管理業法は、借賃増減請求権を認める借地借家法第28条も、賃借人からの契約更新拒絶等を制限する借地借家法第32条も、いずれも特定賃貸借契約に適用があることを前提として、これらの法律内容の説明を尽くさせることで、情報の非対称性を解消することをもって問題を解決しようとするものである。このような整理については、議論すべき余地もあるものと思われる。しかし、たとえば借地借家法第28条を修正して、賃借人からの解約制限を入れることは、その影響の範囲を考えると現実的とは考えられない。そうすると、今回の法制定で示された問題解決策については、一定の合理性があると考える。
今回の法制定に、ひとつだけ注文を付けるとすれば、金融商品取引法第40条にある適合性の原則に類似した規制を入れるべきではなかったのかという点である。適合性原則とは顧客の知識、経験、財産の状況、金融商品取引契約を締結する目的に照らして、不適当な勧誘を行ってはならないとする原則であり、顧客の属性を踏まえて丁寧な説明を行うべきとするものである(いわゆる広義の適合性原則)が、顧客属性に照らして、リスクの高すぎる商品については、そもそも勧誘を行ってはならないと考えられている(いわゆる狭義の適合性原則)。
この適合性原則は業者の行動を規制する監督規定であるが、適合性原則に反する金融商品の販売は、不法行為として民事上の損害賠償責任が生じさせうるとするのが判例である。
マスターリース契約でも、たとえば自己資金ゼロで始められることをうたい文句として勧誘を行っている業者もあった。このような勧誘を受けた人の中には、もともとの収入が少なく、そのため適合的とはいえないケースもあるように思える。金融商品取引法の適合性原則に類する考え方はガイドライン上に記載がある(上記4.1|参照)が、オーナーの利益保護の観点をより重視するのであれば、賃貸住宅管理業法本体に記載すべきであったと考える。
次回、法の見直しの際には、この点も含めて検討課題とすることが望まれる。
7――おわりに