では、定年延長を含めた高年齢者の雇用確保措置は、新規学卒採用や若年者の雇用にどのような影響を与えるのか。この点に関する議論は、(1)高年齢者の雇用確保措置は若年者雇用を抑制するという主張と、(2)高年齢者の雇用確保措置は若年者雇用を抑制しないという相反する主張に分かれる。
太田(慶應義塾大学経済学部教授)(2012)
1は、仕事の量が制限されている状況下で、100%の継続雇用が法律により定められた場合、三つの効果が発生すると説明しており、その内容は次のとおりである。
(1)「若年者」と「高年齢者」の仕事が似通っており、両者が代替可能であれば、継続雇用の促進は若年者の限界生産性(生産要素の投入量を1単位増加させたときに、増えた生産量)を低下させ、利潤最大化を目指す企業は若年者の採用を抑制する効果が発生する反面、両者の仕事が補完的であれば、継続雇用の促進は若年者の限界生産性を上昇させ、採用を増加させる効果に繋がる。
(2)継続雇用の進展により、高齢者が企業内にとどまる傾向が強まれば、その分だけ当初雇うべき若年者の数は少なくて済み、仕事間の代替性とは関係なく、若年採用が抑制される。
(3)人件費が増加することで企業の市場への参入が減少するか、企業の市場からの退出が増加する可能性がある。また、継続雇用が強化されると、企業は生産性の低い労働者までも雇用を維持しなければならなくなり、平均生産性が低下する恐れがある。更に、継続雇用の強化が既存労働者の働く意欲に影響を及ぼすことも考えられる。
次に、上記のような太田の主張を再考しながら、高年齢者の雇用確保措置が若年者の雇用に与える影響に関する先行研究の分析結果を紹介する。
まず、高年齢者と若年者の雇用の間には「代替性」がある、つまり高年齢者の雇用確保措置は若年者の雇用を抑制すると主張する先行研究から紹介する。井嶋(2004)
2は2004年に実施したアンケート調査(調査対象:常用労働者30 人以上を雇用する企業1704 社)を用いて重回帰分析を行い、新卒採用と継続雇用は負の関係にあり、統計的にも有意であるという結果を出した。原(2005)
3は、労働政策研究・研修機構が2004年に実施した「若年者の採用・雇用管理の現状に関する調査」を用いて重回帰分析を行い、企業の中高年齢化や労働組合が企業の新卒採用を減少させる要因であることや、正社員数が300人以上の企業で新卒採用が抑制されていることを確認したと説明している。
一方、清家・山田(2004)
4は1992~2002 年の 10 年間の OECD データを用いて国際比較を行い、15~24 歳の若年者失業率が低下した国ではむしろ 50~64 歳の高齢者就業率が高くなる傾向があると主張した。Kondo
5は、2016年に高齢雇用者とフルタイムの若年雇用者(25 歳以下)の関係性に関する分析を行い、高齢者雇用と若年者雇用の代替関係を示す事実は表れなかったと主張している(データ:『雇用動向調査』2002~2008年、2006~2011年のデータからパネルデータを構築)。
1 太田聰一(2012)「雇用の場における若年者と高齢者―競合関係の再検討」『日本労働研究雑誌』No.626 pp.60-74.
2 井嶋俊幸(2004)「企業における今後の中高年齢者活用に関する調査」編『中高年齢者の活躍の場についての将来展望―就業者数の将来推計と企業調査より』第 4 章、労働政策研究報告書 No.L6、pp.41-71、労働政策研究・研修機構。
3 原ひろみ(2005)「新規学卒労働市場の現状―企業の採用行動から」『日本労働研究雑誌』No.542, pp.4-17。
4 清家篤・山田篤裕(2004),『高齢者就業の経済学』,日本経済新聞社。
5 Kondo, A. [2016], "Effects of Increased Elderly Employment on Other Workers’ Employment and Elderly’s Earnings in Japan", IZA Journal of Labor Policy, 5:2.