コラム

韓国政府、所得税の最高税率を45%に引き上げ

2020年09月01日

(金 明中) 社会保障全般・財源

韓国政府、所得税の最高税率の引き上げを決定

韓国で富裕層の税負担が高くなることになった。企画財政部は7月22日に「税制発展審議委員会」を開催し、2021年から所得税の最高税率を、現在の42%から45%に引き上げることを決めた。所得税の最高税率の引き上げは、文在寅政権になってから2回目のことである。1回目は文在寅大統領が当選した直後の2017年7月に行われ、所得税の最高税率は従来の40%から42%に引き上げられた。
 
韓国の現行の所得税体系は、課税所得が1,200万ウォン以下の場合は6%を適用し、所得が多くなるに従って所得税の税率も段階的に上げ、5億ウォンを超過した所得に対しては42%の税率を賦課している。今回の改正案では課税所得「10億ウォン超過」区間を新設し、最高税率を現在より3ポイント高い45%に引き上げた。所得税の最高税率45%は1970年代の70%に比べると低いものの、金泳三政権時代の1995年(45%)以降、最も高い水準である。
韓国政府は、課税所得が10億ウォンを超過する人が現在約1万6000人いると把握しており、今回の最高税率の引き上げにより1年間で約9000億ウォンの税収が増えると期待している。

新型コロナウイルスにより広がった格差縮小が目標

韓国政府は、「新型コロナウイルスの感染拡大により、低所得層の勤労所得が減少する等格差が広がっているため、税金を負担する余力がある高所得層に対する税負担を強化した」と所得税の最高税率を引き挙げた理由を説明した。
 
しかしながら、「今回の改正案は富裕層に対する増税だ。高所得層の消費が減り、経済にマイナス効果が起こる」と増税に反対する声も上がっている。また、高所得層の負担だけが増加する増税策よりは、より多くの人が税金を納める増税策を実施することが望ましいと主張する意見もある。保守系の新聞、朝鮮日報のインターネット媒体であるChosunBizは、韓国における所得上位10%の人々の所得合計額が全所得に占める割合は36.8%であることに比べて、所得上位10%の人々の所得税合計額が所得税総額に占める割合は78.5%であり、アメリカの70.6%、イギリスの59.8%、カナダの52.8%より高いと、韓国の課税システムの問題点を指摘した(2020年7月22日付)。
 
このように高所得層に税負担が偏っている理由としては、勤労所得税の免税者比率が高いことが挙げられる。韓国における勤労所得税の免税者比率は、2018年時点で38.9%に至った。これはイギリスの0.9%(2014年)、日本の15.5%(2015年)、オーストラリアの16.6%(2014年)カナダの18.7%(2014年)を大きく上回る数値である(韓国租税研究院、2017年発表資料)。
 
韓国政府は、2013年の朴槿恵政権時代において、税制改革により所得控除を税額控除に変え、勤労所得税の免税対象を縮小することを発表した(所得控除は、税額を計算する課税所得の前の所得から控除が適用されるが、税額控除は、課税所得に税率を乗じて算出した所得税額から、一定の金額を控除する仕組み)。しかしながら、税負担が大きくなることとなる労働者側の反対が予想以上に強かったため、朴槿恵政権はこの発表を修正し、税金が増える所得基準を引き上げると共に控除額を増やすなどの対策を行った。その結果、勤労所得税の免税者比率は、税制改革以前よりもさらに増加することとなり、現在に至っている。 

「課税の普遍性」の拡大が求められる

韓国政府は、すでに発表した不動産に対する増税や所得税の最高税率の引き上げ等により、新型コロナウイルスが原因で急増した財政支出を賄おうとしている。今回のように、所得税の最高税率を引き上げることだけで、高所得者の消費が大きく委縮する可能性は少ないであろう。しかしながら、法人税率の引き上げや不動産に対する増税等、企業や高所得者に対する増税対策頼みばかりでは、企業の生産活動や高所得者の消費活動を委縮させ、韓国経済にマイナスの影響を与える恐れがあると言わざるを得ない。
 
韓国は現在、急速に少子高齢化が進んでおり、税金を主に負担する現役世帯が減少し続けている。この点を考慮すると、国の財政を支えるためには、より多くの国民ができるだけ幅広く税金を負担していけるように、「課税の普遍性」の視点から税制の見直しを検討する必要があると考えられる1
 
1 本稿は「韓国政府、所得税の最高税率を45%に引き上げ」ニューズウィーク日本版 2020 年 8 月28 日 に掲載されたものを加筆・修正したものである。
https://www.newsweekjapan.jp/kim_m/2020/08/45.php

生活研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

金 明中(きむ みょんじゅん)

研究領域:社会保障制度

研究・専門分野
高齢者雇用、不安定労働、働き方改革、貧困・格差、日韓社会政策比較、日韓経済比較、人的資源管理、基礎統計

経歴

プロフィール
【職歴】
独立行政法人労働政策研究・研修機構アシスタント・フェロー、日本経済研究センター研究員を経て、2008年9月ニッセイ基礎研究所へ、2023年7月から現職

・2011年~ 日本女子大学非常勤講師
・2015年~ 日本女子大学現代女性キャリア研究所特任研究員
・2021年~ 横浜市立大学非常勤講師
・2021年~ 専修大学非常勤講師
・2021年~ 日本大学非常勤講師
・2022年~ 亜細亜大学都市創造学部特任准教授
・2022年~ 慶應義塾大学非常勤講師
・2024年~ 関東学院大学非常勤講師

・2019年  労働政策研究会議準備委員会準備委員
       東アジア経済経営学会理事
・2021年  第36回韓日経済経営国際学術大会準備委員会準備委員

【加入団体等】
・日本経済学会
・日本労務学会
・社会政策学会
・日本労使関係研究協会
・東アジア経済経営学会
・現代韓国朝鮮学会
・韓国人事管理学会
・博士(慶應義塾大学、商学)

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