2|X線撮影は、撮影対象に応じて、異なるエネルギー水準を用いる
放射線検査のなかで代表的な、X線撮影について、その原理を簡単にみてみよう。X線撮影では、X線が感光板を黒く変色させる。受検者をX線と感光板の間に置いて撮影すると、X線が身体を通過した部分は黒く、X線が身体に吸収された部分は白く写る。これを利用して画像検査が行われる。
一般に、X線などの電磁線には、光電効果とコンプトン散乱という物理的現象が影響する。また、X線などを吸収すれば被曝する。エネルギー水準の設定には、これらの要素を踏まえる必要がある。
(1) 光電効果
X線のエネルギーが、物質中の原子に当たる様子を考えてみよう。X線を当てると、最も原子核に近いところを回っている電子(「最内殻電子」という)が、そのエネルギーを吸収して、軌道から弾き飛ばされる。これを「光電効果」と呼ぶ。光電効果に伴って、X線は吸収される。
小さな原子では、低いX線エネルギーで光電効果が起こる。このため、X線の吸収は小さい。逆に、大きな原子では、高いX線エネルギーで光電効果が起こる。X線の吸収は大きくなる。このため、同じ質量で比べたときに、原子番号が小さな原子ほどX線吸収が小さいこととなる。
この現象を、体内の組織にあてはめてみよう。
脂肪組織は、主に水素、炭素、酸素(原子番号はそれぞれ1、6、8)といった小さな原子からなるため、X線吸収が小さい。筋肉は、細胞内液や組織液の形で、水素、酸素のほかに、ナトリウム、カリウム、塩素(同11、19、17)などを含むため、中等度にX線を吸収する。骨や石灰化した結石は、主にカルシウムとリン(同20、15)からなり、X線吸収が大きい
13。このように、組織を構成する元素の種類によって、X線の吸収に差が生じる。
(2) コンプトン散乱
一方、「コンプトン散乱」は、X線のエネルギーが大きいと、軌道から弾き飛ばされる電子に、そのエネルギーの一部が吸収され、その分低いエネルギーとなったX線が散乱することをいう。散乱したX線は、「散乱線」と呼ばれる
14。
コンプトン散乱は、原子の大きさに関係なく起こる。すなわち、脂肪、筋肉、骨といった組織に、同じように起こる。
(3) 被曝
低いX線エネルギーは、身体に吸収されるため、被曝量が大きくなる。逆に、高いX線エネルギーは、身体を通り抜けるため、被曝量は小さくなる(第2章(参考)を参照)。
光電効果、コンプトン散乱、被曝をあわせてみてみよう。X線撮影では、撮影対象の組織ごとに、異なるエネルギー水準のX線を用いることとなる。
【乳腺組織 (マンモグラフィ検査) : 25~35kV(キロボルト)】
乳腺組織等を鮮明に写すために、光電効果の強い低エネルギーのX線を使用。被曝量は多くなる。
15
【骨組織 (骨・関節撮影) : 40~60kV】
光電効果があり、透過性もあるエネルギー水準のX線を使用する。
【腹部 (上部消化管造影検査(胃透視)) : 75~85kV】
脂肪組織とともに結石などをみるために、光電効果上限のエネルギー水準のX線を使用する。
【胸部 (胸部単純X線撮影) : 100~120kV】
肋骨に隠れた肺病変をみるために、コンプトン散乱領域を含む高エネルギー水準のX線を使用する。
13 X線撮影時に用いられるヨウ素(原子番号53)やバリウム(同56)などの造影剤は、X線をよく吸収する。
14 散乱線は、入射したX線よりも、振動数が減り、波長が長くなる。散乱の角度は、入射したX線に対して0~180度の範囲となる。
15 なお、軟部組織や腫瘤では、コンプトン散乱による散乱線がフィルムに当たってしまい、撮影にぼやけが生じる。このため、身体と感光板の間にグリッドを置いて、散乱線がフィルムに当たらないようにする(次章で詳述)。