2020年初以降、新型コロナウイルス感染症の拡大という想定外のショックが生じた。感染症の拡大に対して、Social Distancing(社会的距離の確保、以下SD)が、日本を含む諸外国で採用された対策である。このようなSDを含む対策はNon-pharmaceutical interventions (以下NPI)と呼ばれている。
NPIにより感染拡大のペースは抑制される一方、世界的に経済活動は急激な悪化を示している。その落ち込みは1930年代の世界大恐慌に匹敵するのではと予測されている。このため各国はNPIの緩和あるいは解除を進めている。しかし、再び、感染症の拡大傾向が確認されるようになり、ドイツやオーストラリアの一部地域でロックダウン、アメリカ・カリフォルニアでの休業要請、イギリスでの公共の場でのマスク着用などのNPIが発出される状況になっており、経済活動がさらに抑制される可能性がある。
したがって、感染症拡大の抑制と経済活動の悪化というトレードオフをどのように対応するのかが重要な政策課題となっている。
さらに、短期的な課題だけでない。Eichenbaum et al., (2020) は感染症の拡大は短期的なトレードオフの問題だけでなく、長期的にも経済のパフォーマンス悪化につながると指摘している。また、感染症当時の世代とその前後の世代とでは世代間の格差を引き起こす原因になるとの研究もある(Almond, 2006)。
とはいえ、足もとの状況への対応が最重要課題であることには異論はないと考える。感染症の状況は日々刻々と変化し、我々の経済社会活動に大きく影響を及ぼすからである。他方で、年初以降の種々のNPIにより日常生活が大きく制約されたことから、これ以上の経済活動の悪化を避けたい、あるいは「自粛疲れ」から、これまでと同様のNPIを避けたい状況にもある。このような状況の中で、NPIの経済に対する悪影響のみが大きく喧伝されればされるほど、適切なNPIが実施できなくなる可能性がある。
この背景には、今回実施された学校の休校、外出自粛要請、企業への休業要請など、それぞれのNPIの効果が感染症及び経済に対して定量的に検討されていないことがある。特に、NPIの手段の間で効果が比較検討されたわけではない。NPIが経済に与える効果は、直接的にはSDを通じて対面コミュニケーションの中断として波及してこよう。また、感染症収束に対する不透明感からパニック的な消費や備蓄的な消費行動が確認できる(Chronopoulos et al., 2020など)。
本稿ではNPIを通じた経済活動への直接的な影響について検討する。検討を進めるに当たって、以下の2点を考慮する。
第1に、今回の感染症に関する先行研究をもとに経済面の影響について整理する。このような場合には過去の感染症の経験を確認することが必要である。しかし、1918年のスペイン風邪の元凶であるH1N1ウイルスは潜伏期間が短く、疑わしい症例の特定や隔離が容易であった点は今回とは異なる(Correia et al., 2020)。とはいえ、1918年のNPIの効果に関する先行研究は今回にも適用可能と考えられるため、1918年の事例についてはAppendixにまとめる。
第2に、高頻度データ(日次ベース)を利用した分析を進める。日次ベースの情報はノイズが多く含まれ利用は困難なものの、感染症の動きは日々刻々と変化し、感染症への対策はその変化への即座な対応が求められるからである。NPIの効果についてはモバイル情報(NTT、Agoop社)から推計した国全体及び都道府県別の外出状況を用いる。消費については「日別家計調査」(総務省)を用いて消費への影響を検討する。家計調査の利点として、財貨だけでなくサービス消費の動向把握だけでなく、基本的にオンライン消費やクレジットカードを利用した消費など、対面以外の消費も含まれていると考えられる。ただし、オンライン消費については「家計消費状況調査」で別途品目毎に調査されているので、それも併せて利用する。
2――NPIの感染症拡大と経済への効果