まず、前回の世界金融危機と今回の新型コロナウイルスにおける不確実性の相違点について確認する。世界金融危機(The Global Financial Crisis)が不動産市場にもたらした不確実性は、金融危機により「カネの流れ」が止まったことに起因する。一方、新型コロナウイルスによる不確実性は、IMFが「大封鎖(The Great Lockdown)」と表現しているように
2、感染症の拡大防止のため、「ヒトの流れ」が止まったことが主因だ。そのため、今回のパンデミックでは、前回の世界金融危機では見られなかった、不動産における3つの不確実性が顕在化する可能性がある。
第一に、「デジタル化による不確実性」である。半ば強制的に在宅勤務が実施されたことで、テレワークのメリットが認識され、今後定着していくとの見方がある
3。仕事のポータルとしての役割がオフィスからタブレットやノートパソコンに移行することによって、単なるオフィス需要の減少以上のインパクトを不動産市場にもたらす恐れがある。またeコマースの拡大が加速するなど、様々なビジネス領域においてデジタルシフトがさらに進む可能性がある。
第二に、「行動変容に伴う不確実性」である。社会的隔離政策により、対面型(Face-to-Face)のサービス産業を中心に広い範囲で需要が蒸発してしまった。人の流れがコロナ前の水準に回復する期待はあるものの、With/Afterコロナの世界では、新たな行動様式が定着し、特に対面型サービス業ではビジネスの在り方が変化していく可能性がある。不動産はヒトの流れや集積の度合いを一つの重要な価値評価軸としてきたが、特に都心の商業地に所在する不動産の価値は再評価を迫られるかもしれない。
第三に、「賃貸借契約の不確実性」である。これまで賃貸借契約は原則として確実に履行され、不動産収益の安定性を担保してきた。しかし、商業施設やホテルにおける賃料の減免や引き下げ、支払い猶予など、契約に裏付けされた安定性が今後揺らいでしまう可能性もある
4。
尚、現時点でこれら3つの不確実性の不動産市場への影響を結論付けることは難しいが、世界金融危機において見られた不動産のリスクと不確実性は、今回のパンデミックにおいて姿を変える可能性があり、留意する必要がある
5。しかしながら、本稿ではこの点は考慮せず、まずは前回の世界金融危機において見られた不動産の状況を踏まえて、様々な角度から分析していきたい。
2 [IMF, 2020]
3 今後は「在宅勤務」と「オフィス勤務」を組み合わせた新たなワークスタイルが定着していく可能性があり、オフィス市況の下押し要因となる [吉田資, 2020]
4 短期の影響にとどまれば不動産価格への影響は限定的と考えられる [渡邊布味子, 2020]
5 新型コロナウイルスによる不動産市場への3つの不確実性については次稿において考察する。
3. 世界金融危機における不動産のリスクと不確実性