2|
消費者行動の構造変化はなぜ生じたか
前項の分析から、消費者は消費増税・ポイント還元策導入前に単価の高い耐久財・半耐久財の消費に対してキャッシュレス決済の利用を増やし、導入後に非耐久財の消費に対してキャッシュレス決済の利用を増やしたと見られる。このような消費者行動の構造変化を生んだ理由として以下の3つ考えられる。
1つ目はポイント還元策の対象となる店舗の規模を中小企業の個別店舗やフランチャイズチェーン加盟店に限定したことである。2019年10月以降は大手企業やポイント還元策に参加していない中小企業においてキャッシュレス決済を用いたとしても政府からポイント還元を受けることはできない。そのため、ポイント還元を受けられる店舗での消費をポイント還元導入後に後ろ倒しにして、ポイント還元策を受けられない店舗での消費を前倒しするインセンティブが消費者に働くことになる。そのため、大手企業での消費を中心に、ポイント還元策による消費増税の需要平準化の効果はなかったものと考えられる。
2つ目は、不正取引を防止する目的で、政府によるポイント還元策において、キャッシュレス決済手段ごとに上限(チャージ限度額や還元対象金額への上限)が設けられたことである
6。例えば、クレジットカードの場合、1カ月あたりの還元額の上限を1万5,000円とするのが一般的であった。また、ポイント還元策導入前に、独自のポイント制度において上限を設ける決済サービス事業者もあった。ポイント還元額に上限を設定されたことで、単価の高い商品やサービスに対する消費を消費増税・ポイント還元策導入前に前倒しして、単価の低い商品やサービスの消費をポイント目当てに後ろ倒しにするインセンティブを高めたと考えられる。そのため、単価の高い商品やサービスであればあるほど、消費増税の需要平準化の効果が小さくなったものと考えられる。
3つ目は、ポイント還元策の対象となる商品やサービスを限定したことである。ポイント還元策では、自動車販売や新築住宅の販売はその対象から除外された。そのため、自動車や新築住宅の購入に関して、ポイント還元策による消費増税の需要平準化の効果はなかったものと考えられる。特に、これらの取引は高額でかつ借り入れを伴うことが多く、その元利返済の負担増がその後の消費を抑制する効果をもたらした可能性がある。
これらの3つの要因から、大手企業における商品・サービス(特に「百貨店」「家電量販店」「ホームセンター」)や、ポイント還元対象外となる「自動車販売」「新築住宅販売」において消費増税の平準化の効果がもたらされず、これらの購入が消費増税・ポイント還元策導入前に前倒しされたと考えられる。また、決済サービス事業者の中にはポイント還元策導入前から消費者を囲い込む目的で還元率の高いキャンペーンを実施していたところがあり、このような政府のポイント還元対象とはならない比較的単価の高い消費に対して、消費の前倒しを促進した可能性がある。
その結果として、消費増税・ポイント還元策導入前に消費者の予算が比較的単価の高い耐久財や半耐久財の消費に対して充てられたため、導入後の予算が制約され、キャッシュレス決済の利用が比較的単価の低い非耐久財を多く取り扱うスーパー、コンビニエンスストアやドラッグストアに集中したのではないかと考察される。
6 ポイント還元策では、店員自身のクレジットカードによる決済や、架空取引の申請でポイントを不正に受給した疑いがあるケースが少なくとも5千件見つかっており(「ポイント還元、不正疑い5千件 店員のカードや架空取引」(共同通信社 2020年2月27日、など)、ポイント還元額の上限設定は不正な取引の抑制に対して一定の効果があったと考えられる。
3――キャッシュレス施策における今後のポイント