今般の新型コロナで、医療行政面で大きな動きが見られるようになったのは、習主席が新型コロナウイルスの蔓延を全力で阻止するよう指示を出した1月20日以降であろう
4。その2日後には、法定伝染病(日本の指定感染症に相当)に指定され、感染地域の封鎖、住民の活動や行動の制限、感染者や濃厚接触者の隔離治療などが法律(伝染病予防治療法)に基づいて実施されることになった。また、法定伝染病の指定とともに、国が公費補助を発表、それを受けて、武漢市は病院での窓口負担なしを発表した。
新型コロナウイルスによる肺炎が法定伝染病に指定されたのは1月22日で、原因不明の肺炎患者の報告からおよそ1ヶ月を経ての指定となった
5。SARSの際はおよそ4ヶ月後の4月10日であった点を考えると、相対的に速く指定されている。
中国では伝染病予防治療法に基づいて、伝染病を甲類・乙類・丙類に分類している
6。新型コロナは、SARSと同様の「乙類伝染病」に指定され、予防・コントロール措置は、ペスト、コレラ(甲類)と同レベルとすることも発表された。これによって、感染者の隔離治療、濃厚接触者の隔離・経過観察を強制的に行うことが可能となった。
伝染病予防治療法によると、隔離治療を拒んだ場合や無断で治療を放棄した場合、公安当局が医療機関と協力し強制隔離を行うと定めている。また、地方政府レベルで、娯楽施設の封鎖、住民の活動の制限や停止、授業・出勤・企業の経営活動の停止、一定地域(省レベル)の封鎖も可能としている。一方、大規模、中小規模の都市や省・自治区などを跨った幹線道路、交通などの封鎖については、国(国務院)が決定する。なお、翌日の1月23日には武漢市及びその周辺地域が封鎖されている
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また、法定伝染病の指定と同日の1月22日、中国の財政部(日本の財務省に相当)と国家医療保障局(日本の厚生労働省に相当、医療分野を管轄)は、急速に増加する感染者に対して緊急特別措置を決定している
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それは、新型コロナと診断されて治療を受けた場合、医療費の自己負担部分については公費で補助するというものである。SARSに際しては法定伝染病指定からおよそ1ヶ月後の5月7日に関係当局が地方政府に生活困難者に対する救済措置を求めている。しかし、地方政府の財政力によって対応が異なったため、より手厚い救済を求めて感染者や感染の疑いがある人が移動をするなどの問題も発生した。SARSを経て改定された伝染病予防治療法では、生活が困難な所得層に対して医療費の減免を規定している。しかし、今般は、所得の多寡にかかわらず全ての感染者を対象とし、また、その通知を法定感染病の指定と同日に発表している。これによって、医療費の支払いへの不安をやわらげ、人の移動を可能なかぎり少なくしようとした姿勢が見えてくる。
新型コロナは治療薬や治療法が確立されておらず、医療費がどれくらい必要となるかは未知数である。よって、当局は新型コロナの診療ガイドラインを作成し、そこに記載された処方薬、治療については一時的に公的医療保険での給付を可能とした
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また、中国では市単位で公的医療保険制度を管轄しており、患者が事前の手続きをせず市を跨いで治療を受けた場合、自己負担が全額もしくは多くかかる仕組みとなっている。今回の緊急措置では、まず患者の治療を最優先とし、市を跨いだ場合でも自身が保険料を納める市内での受診と同様の自己負担とするとした。これを受けて、武漢市は、感染が確定した市民について、入院、通院、病院内での経過観察治療の窓口負担を求めず、無料で治療が受けられると発表した
10。一連の措置によって、治療費が払えないことを理由に医療機関が患者を拒否したり、患者自身が治療を放棄したことで感染を広めてしまうというリスクを少しでも小さくすることを企図した。
武漢市のような大規模都市であれば、医療の供給体制やレベル、公的医療保険制度の整備が進んでおり、通常の状態であれば何ら問題はないであろう。問題の本質は、多くの患者が不安にかられて一気に病院に殺到し、供給体制が追いつかなくなることで、医療現場に混乱が生じてしまう点にある。
習近平政権は、2月23日、感染拡大について「1949年以来、中国にとって公衆衛生分野における最大の緊急事態」とし、国を挙げて封じ込めを行う姿勢を示した。中国は、上掲のような公的医療保険制度における措置のみならず、民間保険会社に対しても緊急措置の要請をしている。
4 求是、http://www.xinhuanet.com/politics/leaders/2020-02/15/c_1125578886.htm 2020年2月15日、2020年3月10日アクセス、習主席は、掲載文において、最初に感染対策を講じるよう求めたのは1月7日としている。
5 国家衛生健康委員会による2020年第1号公告。2019年12月18日、湖北省武漢市で原因不明の肺炎患者の発生が報告されて以降、12月末には、中央(国家衛生健康委員会)が専門家チームを武漢に派遣。ウイルスの特定、感染者の隔離治療、消毒などを実施。12月31日にWHOに報告。1月7日に新型コロナウイルスの遺伝子配列を特定。1月前半までは病例の確認、ウイルスや発生源の特定などに費やされている。
6 伝染病予防治療法(「伝染病防治法」(2004年改定版))では、伝染病を感染力や、流行状況、危険度に応じて、甲類、乙類、丙類の3種に分類している。甲類はペストとコレラの2種、乙類にはSARS、鳥インフルエンザなど26種、丙類はインフルエンザ、風疹など11種が指定されている。ただし、乙類に分離されるSARS、炭疽症、鳥インフルエンザは甲類(ペスト、コレラ)の疾病と同じ措置をとると規定されている(4条、39条)。
7 武漢市の周先旺市長は、1月26日の記者会見で「春節及び新型コロナの影響で、500万人が武漢を離れ、900万人が市内に留まっている」と公表し、封鎖はしたものの、多くがすでに武漢を離れている点を指摘した。新浪財経「武漢市長:500万人離開武漢、他们都去了哪児」、https://finance.sina.com.cn/wm/2020-01-27/doc-iihnzahk6483733.shtml 2020年1月27日、2020年3月13日アクセス
8 国家医療保障局、財政部「関于做好新型冠状病毒感染的肺炎疫情医療保障的通知」
9 国家衛生健康委員会「新型冠状病毒肺炎诊疗方案」、2020年3月4日時点で第7版まで発表されている。なお、1月27日には追加措置として、対象者に感染の疑いのある患者も含めている。出典は、国家医療保障局弁公室、財政部弁公庁、国家衛生健康員会弁公庁「関于做好新型冠状病毒感染的肺炎疫情医療保障工作的補充通知」
10 武漢市新型冠状病毒感染的肺炎疫情防控指揮部によるプレス発表(1月21日)
3――給付条件や範囲の緩和を求められる民間保険