これまで、インターネット広告の市場は大きく拡大し、巨大IT企業をはじめとしたインターネット広告事業者は、イノベーションの担い手、経済成長の牽引役としても期待されてきた。一方、プライバシー侵害、不透明、不公正な行い等への根強い懸念に厳しい目線が注がれており、当局による規制強化の動きも見られる等、逆風が強まっている。
日本で進められているデジタル市場のルール整備においては、特定デジタル・プラットフォームの透明性及び公正性の向上に関する法律案の対象が、当面のところオンラインモールとアプリストアとされ、足もとではオンラインモール大手の「送料無料化問題」が優越的地位の濫用に当たるのか否かといったことが話題となっているが、次なる規制当局のターゲットはインターネット広告となる公算が大きい。現在進められている公正取引委員会の調査結果が公表され、デジタル市場競争会議で新たなルール整備の方向性が示された際には、改めてインターネット広告業界の問題点が強調され、世の中の注目を集める可能性がある。それは、巨大IT企業の問題点にとどまらず、広くインターネット広告業界の問題点にも焦点が当たる可能性が高い。日本企業にも、ポータルサイト運営やインターネット広告配信を手掛ける企業は多く、ここ数年でアドテクノロジー関連のスタートアップ企業(DSPやSSP、DMP)の新規上場も見られる。規制の動向や、巨大IT企業のプライバシー保護に向けた取り組みによって、こうした企業に何らかの影響が出ることも考えられる。
インターネット広告の市場は、テレビ広告に迫るほどにまで成長した。多くの人が毎日のようにインターネット広告を目にするようになっている。社会への影響度も格段に大きくなった今、成長とイノベーションを追求してきたインターネット広告事業者には、これまで以上に社会的責任、サステナビリティが求められていると言えよう。顧客や社会の懸念に向き合い、将来に渡って持続的な成長が可能なビジネスモデルを作り上げていくことが期待されている。
業界団体も取り組んでいる。例えば、日本インタラクティブ広告協会は、「行動ターゲティング広告ガイドライン」、「プライバシーポリシーガイドライン」、「広告掲載先の品質確保に関するガイドライン(ブランドセーフティガイドライン)」等のガイドラインを策定し、啓発活動等の自主的な取り組みを行っている。また、広告上に業界共通の「インフォメーションアイコン」を表示し、データの取扱いに関する説明やターゲティング広告を停止する手段(オプトアウト)等への導線を設けている。複雑な仕組み、業界構造ということもあって、インターネット利用者や広告主の理解はまだまだ十分ではない。インターネット広告の健全性、信頼性向上に向けて、各社の更なる取り組みが期待される。
こうした議論はインターネット広告事業者に限った話ではない。2019年2月、日本経済新聞が「国内で消費者向けサイトを運営する主要100社の5割が、具体的な提供先を明示せずに外部とユーザーの利用データを共有していた」と報じた
12。主にクッキーの利用によるもので、消費者向けサイトを運営する企業側が直接導入した覚えのない広告配信やデータ収集用の外部サービスにデータが渡っている事象も紹介されている。最初の提供先から「2次」、「3次」への流通先へと渡り、提供元も把握できなくなる懸念も指摘されている。複雑な仕組みになっていることもあって、自社のウェブサイトの利用者の閲覧履歴等のデータがどのように第三者に渡っているのか、公表しているプライバシーポリシーの記載内容に齟齬はないか等、コンプライアンス担当部門等がその実態を十分に把握していないケースも考えられる。コンプライアンスや風評リスク等を考えれば、決して対岸の火事とは言えない状況だろう。
規制の議論を進める上では、成長や利便性とのバランスをどう考えるかといった視点が避けられない。技術革新が期待される分野であり、個人のデータ活用も成長戦略の1つとして期待されている中、イノベーションが過度に阻害されることに対しては警戒感もある。また、ウェブサイトを開くたびにインターネット利用者にデータ取得や利用に対する細かい同意を求めるようになれば、利用者の利便性は低下する。内容も見ずにただ形式的に同意ボタンを押すという形骸化の懸念もある。欧州並みの厳しい規律が求められるようになるのか、それとも規制強化への警戒感も根強い日本企業への影響があまり出ない形で落ち着くのか、将来どのような方向で議論が進められていくのか注目だ。
12 日本経済新聞電子版「情報共有先、5割が明示せず 閲覧履歴など主要100社-本人知らぬ間に拡散」(2019年2月26付)
日本経済新聞電子版「「狙う広告」成長で副作用 情報集積、飽くなき追求」(2019年2月26付)
6――おわりに